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〜 聖 鐘 学 園 四 重 奏 〜
[ B L A C K O R W H I T E ? ]
vol.08 03.12.27
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〜前回のあらすじ〜
自宅へ戻った月見里水月。自分の力の衰えを改めて実感する。
そんな折、マンションの管理人であり、水月を雇っている幽静蕾より仕事の依頼が入った。
闇世界の娼婦として生きる水月の前に現れた客は、かつての知人だった。
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聖 鐘 学 園 四 重 奏 〜 B L A C K O R W H I T E ? 〜
第八楽章「退魔の巫女」
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「あなた……美冬なの?」
私は信じられないものでも見るような面持ちで呟いた。
「はい。お久しぶりでございます」
目の前の人物は名前を呼ばれて頷いた。
彼女の名前は雨ノ森美冬(あまのもり・みふゆ)
私に退魔の巫女として必要な技術と知識を叩き込んだ師であり、一番多くの時間を共有した家族である。
「お嬢様。随分と大きくなられて……」
「ちょ、ちょっと待って!!」
抱きしめられた身体を引き離して、私は間合いをあける。
私が退魔の巫女として住んでいた村は護り手として、強力な力を欲している。
退魔の巫女である私がいなくなった今、彼女が必要な筈だ。
その彼女が村を離れるなんて考えられなかった。
「なんで、ここに。どうして、私の居場所を知ってるのよ!?」
「静蕾は正真正銘、美冬の友人です。彼女から、お嬢様の名前を聞いたときは驚きました」
「なっ、嘘!?」
この広い日本で知り合いのマフィアのところで働いていたとは。
まったく世間と言うのは広いようで狭い。
「彼女が若くて腕のいい導師を雇っていると聞きまして。
しかし、まさかお嬢様がそうだとは思ってもいませんでした」
「……そう」
ともかく彼女が私の居場所を探り当てた件については、これで解決した。
なら、後に残る疑問は動機だ。
「よもやお嬢様が海を渡られ、このような僻地に来られているとは予想外でした」
予想外という言葉に私は反応する。
やはり彼女は……いや、村の連中は私を探している。
(とうとう……追っ手が来たか)
村を抜け出した私を放っておくとは思っていなかったが、このタイミングで現れるなんて。
「美冬」
切り札の爆砕符をいつでも取り出せるようにしてから、話しかける。
「はい」
ニコニコと満面の笑みを浮かべる彼女。
私の母親であり、侍従である彼女に指を突きつける。
「私はもう退魔の巫女ではないわ。貴方達とも縁を切っている。気安く話しかけないで」
「お、お嬢様!! それはあんまりでございます」
美冬は即座に言い返してくる。
私は彼女の声量を掻き消すように叫んだ。
「私はもうお嬢様じゃない!! どうせ、私を連れ戻そうって魂胆でしょ? そうは行かないわ!!」
戦闘体勢に入る私を前にしても美冬は微塵も動揺しない。
「いいえ。連れ戻そうなんて思っていませんよ」
「はっ? ……なんですって?」
疑わしげに視線を這わせても、彼女は満面の笑みを崩さない。
「本当に?」
「はい。私がお嬢様を裏切るような真似をいたしたことがありましょうか?」
「………………」
私の脳裏にいくつかの光景が浮かぶ。
幼い時は、基礎体力をつけるために彼女を背負って走り込みをさせられた。
新しい術を教えるときは、どんな危険な術でも私に喰らわせて叩き込んだものだ。
その他にも、人が厳しい修行をしてる横で、一人で幸せそうに饅頭を食べたり等々。
「なんか、容易に頷き難いものがあるんだけど……」
「そうでございますか? 私は主に絶対の忠誠を誓っています。
そして、私の主は月見里水月様。即ち、お嬢様。ただ一人でございますよ」
「………………ふぅん」
その言葉に嘘はないだろう。
食欲以外のことに関しては、彼女は信用できる存在だ。
(だったら、一体何が目的なの?)
彼女の目的が読めない。
「ところでお嬢様」
困惑する私を余所に、美冬は世間話しでもするように話しを切り出した。
「なに?」
「私が手塩にかけてお教えした技で、何やら善からぬ商いをなさってると聞いたのですが」
私の背中にゾクリと悪寒が走る。
「………………」
「お嬢様が社会に出て何をなさってるのかを……じっくりと、教えていただけないでしょうか?」
微笑を浮かべた顔が、じわじわと近づいてくる。
(まさか、師匠として技を悪用する弟子を裁きに来た?)
真面目な彼女の性格からして充分有り得る話しだった。
「ひ、人助け?」
「まぁ、それは素晴らしい」
笑顔を一際輝かせて、美冬は賞賛した。
「……して、どのような?」
彼女の微笑みは、まるで能面のように変わることはない。
「現代社会に鬱屈するストレスを発散して、明日への活力に……」
「つまりは、どのような方法で?」
「ううっ……」
静蕾さんの友人だというなら、すでに分かっているだろうに。
それでも、わざわざ聞いてくるんだから、こいつも人が悪い。
「だって、仕方ないじゃない! この歳で一人で生活するには、こういうのしかなかったのよ!!」
開き直った私を見て、ようやく美冬は笑顔の仮面を外す。
「響野の傍流を名乗る『退魔の巫女』が斯様な商いを行うなど……まったく、嘆かわしいばかりです」
そして、頬に手をついて溜息を吐いた。
「……それは分かってるけど」
霊能の世界は狭いようで広い。
退魔士を生業にする巫女だって数多く存在する。
それでも、この世界で『退魔の巫女』といえば、私のことを指す。
今は落ちぶれて、一般人になっているが、私は霊能の世界ではかなり由緒正しい家系の生まれなのだ。
そして、その家系で最大の恥さらしと言ってもいい。
流派では破門。家からは勘当。住んでた場所では村八分。
このような状態に嫌気が差して出て行ったはいいが、うちの親戚筋でも同じような扱い。
流れに流れて、こんな場所までやって来たのだ。
「それよりも、用件は何なの? わざわざ私を笑いに来たの?」
「まさか。お嬢様の不甲斐なさは今に始まった事じゃありません」
釈然としないものを感じつつも、私は警戒を解く。
「分からないわ。最初は私を粛清しに来たのかと思った。
でも、そうじゃないみたい。なら、美冬は一体何をしに来たのよ?」
彼女はうちの家に仕える使用人なわけだが、私はすでに家の者じゃない。
だからと言って母親が家出した娘を気遣って送ったわけでもないだろう。
私は勘当されるに値する事をしたと思ってる。
「私はお嬢様のお世話をしに来たのです」
「なんですって?」
「先程も申し上げた通り、私の主人はお嬢様です。
主人に仕えるのが従者の務め。以前と同じように扱って下さいませ」
お願いしますとばかりに頭を下げる美冬。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
私はただただ戸惑うばかりだ。
「確認するけど、本当に、母さんや周りに言われて来たんじゃないのね?」
「はい」
背筋を伸ばし、はっきりと美冬は答える。
「なんでよ……私は、村の恥さらしでしょ?」
私は彼女から顔を逸らす。
「母さんの顔にも泥を塗ったわ。
ううん、代々職務を果たして来た私のご先祖様達にも顔向け出来ないことをした。
関係ない美冬だって、きっと私がした事で責められた。違う!?」
きっと酷い仕打ちを受けたに違いない。
私は美冬を見た時、私を殺しに来たのだと疑わなかった。
俗世から隔離された空間には独自の法律がある。
常人には想像出来ない程、酷い事をされたのではないかと私は思ってる。
「はい。村の者からも屋敷の者からも責められました」
あくまで淡々と言う美冬の言葉からは私刑に近い仕打ちの程は知り得ない。
だが、それがそんな平然な顔で言ってのけられるものではない事だけははっきりしてる。
「だったら、私が憎いでしょう?」
「いいえ。私はお嬢様を愛しております」
「どうして!? どうして責めてくれないのよ!!」
美冬の言葉をかき消すように叫ぶ。
「私以外の誰がお嬢様を愛せましょう?
私は誰よりもお嬢様の傍にいました。お嬢様は私の娘同然の存在なのですよ」
「だったら……余計、一緒にはいられない」
美冬が母より母らしい人であったことは分かってる。
だからこそ、彼女に会うのは辛い。
彼女にだけは、自分のした事を責められたくないからだ。
「何故です?」
それなのに。分かっている筈なのに美冬は、冷静に、追い詰めるように聞いてくる。
それが苛立って、私は彼女を睨みつける。
「私は、貴方も裏切ったんじゃない!!」
私の目は涙に汚れて、彼女の姿を確認出来なかった。
「愛する者と結ばれ、子を為す事は親への裏切りだった、と?」
「……ええ、そうよ」
握った拳は手の平に爪を立てて傷つける。
銀鏡の言葉を思い出す。
「巫女でもないただの女相手に長々と遊んでる時間はないのよ」
巫女は純血でなければいけない。
私が退魔の力を失ったのは、愛する男と結ばれて、子供を宿したからだ。
当時、私はまだ13歳。母も一族の者も怒り狂った。
私は相手の男と逃げる為に、幾人もの追っ手を手にかけた。
しかし、村の組織的行動で夫と子供は死に、私も二度と子を産めない身体になった。
「私のしたことは間違ってた!! だから、貴方達は私の夫も子供も殺したんでしょ!? 違う?」
静かに自分を見つめる美冬の胸倉を掴んで引き寄せる。
激昂する私を責める訳でも、哀れむわけでもなく見つめている。
私が落ちつくのを待っていたのか、しばらくして美冬は口を開いた。
「お嬢様。心に嘘をつくのはやめてください」
「………………」
胸倉を掴む私の手に自分の手を重ねる。
その手は優しかった。
「ずっと、自分を責めていたのですね?
でも、それは間違いです。お嬢様は悪くありません。辛かったでしょうに」
「……わるく、ない?」
聞き返した声は涙で掠れて、不様だった。
「私があの時に傍にいれば、このような事にならなかったのかもしれません。
私はもう一度、お嬢様に会って、何の力にもなれなかった事を謝りたかったのです」
「あやまる?」
頭をハンマーで殴られたような衝撃が走る。
足の力は抜けて、座りこんでしまいそうだった。
その言葉が聞きたかった。
私達は悪くない――誰かに、そう言って欲しかった。
「美冬」
私の手は寒くもないのに、ガタガタと力なく震えていた。
「はい」
「……ありがとう」
あの人の魂も、私の子供も――これで、やっと、報われる。
「愛してたの。間違いでも何でもない」
「はい。分かっています」
私以外の誰からも望まれず、愛されず、死んだんじゃない。
「お嬢様が全身全霊をもって愛されたお方が、間違いなど犯すはずがありません」
「………………。貴方が、そう言ってくれるだけで充分」
目の端に浮かんだ涙を拭いて、美冬に礼を言う。
「もう一度、貴方に会えて良かった」
「私もです」
こんな場所で再会するとは思わなかったけど、嬉しかった。
美冬が、昔のままで居てくれて嬉しかった。
そして、彼女は私のことを認めてくれた。
「お嬢様を探し歩いて、四年と少し。最早、死んでしまわれたのではないかと心配しました」
「………………」
「例え、生きていたとしても以前のお嬢様でなければ死んだも同じ。
ただでさえ……あのような事があった後です。
自暴自棄になっていないか、一体、何処で何をしているやら。
私がどんな気持ちで探し歩いたか。もう……本当に、心配したんですよ」
ぎゅっ〜〜と、私を抱きしめて頭を撫でる。
「………………」
彼女が声高に、必死になればなるほど、私は落ちつきを取り戻して行く。
(ああ、懐かしいな)
昔から、美冬はこういう人だったなと思う。
生か死かという極限状態から帰ってくると、まず私を抱き寄せる。
怪我はありませんか? 大丈夫ですか? また、無茶をして……色々な言葉で私を気遣ってくれる。
そんな美冬を、冷めた目で見ている私がいた。
大丈夫だからここにいる。怪我をしてるかなんて見れば分かる。無茶をするから面白いんだ。
あの頃の私は抱きしめられると、直ぐに身を引き離したものだ。
心配など無用――例え、死んだとしても本望だと。
「ずっと探してくれてたの?」
なのに、今は抱きしめる美冬から離れたくないような気がしてる。
「はい。お嬢様が里を抜け出して、私もすぐに後を追ったんですよ」
退魔の巫女として生き、世の闇を払うのが使命。
子供の頃から、そう言われ育てられた。
しかし、私は力の方面に突出したせいか、精神面が未熟だった。
使命として狩るのではなく、狩るために使命を受け入れた。
取るに足らない相手を圧倒的な力で粉砕する快感。
自分よりも明らかに実力が上の相手に出会った時の恐怖。
一瞬の油断も許さないほど拮抗した相手との戦闘。
それら全てが、どうしようもなく私を魅了した。
『退魔の巫女は人々の平穏を守る為に生まれ、そして死ぬ。
全身全霊をもって使命にあたり、命をかけることを喜びとせよ』
私の頭には子供の頃から教えられた御題目など頭にない。
あるのは、ただ一つ。
この人外の力を振るいたいという欲求だった。
そんな私も――随分と変わったものだ。
「美冬。ごめんね」
「えっ?」
「心配かけてごめんなさい」
私も美冬を抱きしめる。
「あなたの知ってる退魔の巫女は――もう、いないわ」
「お嬢さま?」
「あの頃よりは変わったつもりだから、心配しなくても大丈夫よ」
彼女から身体を離して、安心出来るように微笑む。
今の私には守りたいものがある。
使命を持たず、力のみを極めていたあの頃とは違う。
具体的には言えないが、きっと何かが違う。
「安心しました」
それを美冬も感じてくれたのだろう。
「ちゃんと、人並みに成長なされたのですね」
私から身体を離して、一息つけたような安心した顔を見せる。
「色々あったけど、人の運に恵まれたんでしょうね」
部屋に備え付けてある冷蔵庫からお酒とジュースを取り出す。
勿論、お酒は美冬。私はジュースだ。
「色々あった、ですか。お嬢様の色々あったは、聞きたいような聞きたくないような話題ですね」
さすが、長年の付き合い。
私をよく分かっている。
「でも、聞いてくれるでしょ?」
「はい、勿論ですとも。お嬢様の成長ぶりを聞かせてくださいませ」
手渡したお酒の瓶を受け取り、美冬は白くて細い指で瓶の口を両断する。
美冬は意識して物に触れる事で、それを両断出来るという力を持っている。
少なくとも符術や陰陽道などの力ではない。多分、西洋の魔法とか、そういう系統の力だろう。
この力を面白がった母が、私の教育係として美冬を連れてきたのが出会いの始まりだった。
「そうねぇ。何処から話せば面白いかな」
なんせ山の中に篭りきりの世間知らずだ。
そりゃ、もう俗世に出てから生活するのに苦労した。
今となっては笑える過去だ。
「何処からと言わず、最初から聞かせてくださいませ」
「そうね……分かった。じゃあ、最初から話すわね」
ジュースの缶を開けて、一口飲んでから話し始める。
まずは吉凶方角を占って、この日本を右往左往したが何処へ行っても失敗ばかりだったこと。
最初に訪れた町での出会い。
俗世で生きていくにはお金が必要であることを悟り、
まともな方法では14の私が生きていけないと知ったこと。
次に訪れた町では、散々な目にあった。
手っ取り早くお金を儲けるなら、退魔士を生業にするのが一番である。
しかし、日本の霊的治安を守る機関というのは存在していて、それぞれに縄張りを持っている。
そこに介入するというのは、警察のかわりに治安維持活動をするようなもので、洒落ですまされないものがある。
だというのに、退魔士をやって其処を治める霊能者一族と一悶着やりあったこと。
結局、そこから追い出される形になって各方面に伝令も行き渡るという八方塞りの状態になる。
そこで思い着いたのが、退魔士の力を違う方向性で使うという案だった。
そして、細々と今の商いをしていたところを静蕾さんに拾われたのである。
「日本の霊的御三家の一つである柊家とやりあったのですか! 一体、どうして!?」
「うん? あっこの次期当主が気に入らなくてね」
「き、気にいらないから?」
「うん」
今も若いが、当時はさらに輪をかけて若かった。
それに……少し自暴自棄になっていた。
「でも、さすがに鬼を従えるだけはあったわ。もう貴重な呪符の大盤振る舞い!
並みの術士なら10回は死んでる朱雀七連獄の炎を直撃してもピンピンしてるんだから」
こっちはかなり本気で殺す気だったのに、相手を倒せず引き分けに終わったのだ。
あの柊家の次期当主の顔は一生忘れないだろう。
「お嬢様……御三家の一つ。響野に連なる術士が柊の当主と事を構えるなんて」
呆れ果てたのか、それとも驚きの許容量を超えたのか、美冬はワナワナと震えている。
「何言ってんのよ。すでにあの時は破門されてたんだから、御三家も何もないじゃない」
「元御三家であることに変わりはないじゃないですか!!」
「あるわよ。今まで蝶よ花よと可愛がっておいて、
こっちが破門したら手の平を返したような態度取ってくれちゃってさ。
都合のいい時だけ御三家扱いされるつもりはないわね。あれは完全な私闘なの」
そんな私を見て、美冬はこれでもかと言わんばかりの溜息をついた。
「やっぱりお嬢様はお嬢様だったんですね」
「なによ?」
「お館様から世俗に関わらせるなと言われたばかりに、この始末。
お嬢様。お嬢様は世間の仕組みというものが全然分かっておりません」
手に持った高級ワインをテーブルに置いて、美冬が説教の体勢に入る。
それを牽制するように手をヒラヒラと振って答えた。
「分かってるって。破門されようが何しようが、私は退魔の巫女だってんでしょ?」
「はい。お嬢様のことですから、派手に暴れたのでしょう?」
「うん」
暴れた。それはもう、派手にやった。
御三家の中で式鬼を扱うことに長けている柊家。
その本邸は山の上にある。
山には外敵の侵入を拒む為に式神を放し飼いにしてあり、自然の要塞とも言える場所だった。
それらを適当にあしらって、本邸に侵入。
お嬢様に喧嘩を売ったのである。
「……本邸に侵入して、喧嘩を売った?」
呆然と呟く美冬は、どことなく色素が薄くなったような感じを受ける。
「多分、大丈夫だって」
「何が大丈夫なんですか!? 抗争を仕掛けたようなものでしょう!!」
「いや、だから大丈夫なんじゃないかと……」
なんせ、私と次期当主の戦いの余波は本邸を壊滅寸前まで追いこんだ。
たかが術師一人に本邸を壊滅寸前まで追いこまれたなど、御三家の面子を考えれば公表出来るものじゃない。
「別にいいじゃない。美冬は、もうあっこに戻るつもりはないんでしょ?」
「……そうですけど」
「もう二年ほど前の事だし。追っ手も来ないってことは、なんとかなったのよ、きっと」
「だといいですけど。物騒な話しはこれで終わりですか? 他にも、なんとなく組織を壊滅したとかありませんね?」
「……ないわよ」
と言うか、幾ら私でもなんとなくで組織を壊滅させたりするか。
「では、今現在はこの怪しい商いで生計を立ててるのですか?」
「そうよ。学校に行ったりするのにはお金がいるのよ」
「……学校?」
鳩が豆鉄砲を喰らった顔というのはこういうの言うのだろう。
美冬が目を点にして、私の言った言葉を繰り返す。
「学校に行かれてるのですか!?」
「えっ……あっ、うん」
「そうでしたか。あの、お嬢様が学校に……なんと喜ばしいことでしょう」
喜んでくれてるのは嬉しいのだが、言わなくてはいけないだろう。
「あっ、いや……美冬?」
「何でございましょう?」
「もう、退学になったんだけどね」
「………………」
満面の笑みを浮かべた美冬の顔が波がひくように冷めたものに変わる。
「ま、所詮はお嬢様ということですね」
すっかりやさぐれてる美冬は、こちらの顔も見ずにお酒を注いでいる。
「悪かったわね」
「で、今度はどのような理由ですか? 理事長が気に入らなかったとか?」
「違うわよ」
「じゃあ、先生?」
「あんたは私をどういう人間だと思ってるのよ!?」
まともに取り合わない美冬に向かって吠える。
「つまらないことにプライドをかけるアウトローな方でしょうか?」
「ぐっ、まるで、人をチンピラかヤクザのように……」
「むしろ、ヤクザでも気にいらないからと抗争をしかけるような真似はしないかと」
「色々あったのよ!!」
「はいはい。で、どうして学校は辞めさせられたんです?」
ここで言い返すという選択肢もあったが、不毛なのでやめておく。
今は美冬の勘違いを納得させるより、学校にいる奴の話しをしたほうがいいだろう。
(あれの話しはしたくないんだけど)
しかし、そうも言ってられない。
いまや聖鐘学園を二分している四方と高野原の派閥争いは、私と銀鏡の戦いでもある。
そして、銀鏡が絡んでいる以上は美冬にも話しておかなくてはいけない。
美冬も銀鏡には因縁がある。
「銀鏡がいたのよ」
「………………は?」
私の吐いた名前に美冬が凍りつく。
「銀鏡? まさか……梗華様が山を下りたのですか!?」
「様をつけるな」
「何をおっしゃいます! 血を分けた姉上ではありませんか!?
いえ、それよりも……お嬢様も梗華様も十賀櫛から離れたとなれば村は誰が守ってるんです!?」
私の肩を掴んで、厳しい口調で問いつめる。
「そんなの知る訳ないじゃない。母様が守ってるんじゃないの?」
美冬の手を離して、距離を取る。
私はもうあの村には関わらないという意味を込めて。
だが、美冬は私より別のことを考えているようで距離を取った事にも気付かない。
「お館様だけで十賀櫛を……そんな無茶な」
美冬は滅多にしない真剣な面持ちで考えこむ。
「お嬢様。梗華様はいつからお嬢様の前に?」
「高校に入ってからだから、数ヶ月前だけど」
「もしや、梗華様はお嬢様を連れ戻しに来たのでは?」
「はぁっ?」
私が訳も分からないという顔をするのを見ても、美冬は意見を変えようとしない。
「きっと、そうです。あの村にはお嬢様が必要なのですよ!
でなければ、あの梗華様が外界に下りようなどと考えるわけがありません」
「何故? 私がいなくて一番特をしたのは銀鏡でしょ?」
退魔の巫女である私がいなければ、姉である銀鏡がその名を継ぐことになるはずだ。
どういう基準で退魔の巫女を選ぶかは知らないが、少なくとも年功序列というわけではないらしい。
私が退魔の巫女として村人に崇め奉られる反面、銀鏡は村外れの小屋でひっそりと暮らしていた。
家業を継げなかった性なのか、本邸にも住めず、親族は会いにも訪れない。
まるで隔離されたような状況だった。
その理由は知らない。だが、私は姉の境遇が許せなかった。
あの時は、まだ――私は銀鏡を姉として愛し、慕っていた。
銀鏡もそうだと勝手に信じこんでいた。
早く一人前になり、村の全てを取り仕切る母のようになって、銀鏡を屋敷に連れて帰り一緒に暮らそう。
そう思って、厳しい修行を耐えて来たのに……。
「美冬。忘れたんじゃないでしょうね?」
「………………」
「私は二度と戻らない。銀鏡に許してほしいと思ってないし、許すつもりもない」
私と彼女はもう二度と姉妹として暮らす事は出来ない。
「それに戻る必要なんてないわ。あいつはとんでもなく強くなった」
「梗華様がですか?」
美冬が不思議がるのも無理はない。
彼女が知ってる頃の銀鏡は一流の部類に入ってはいたが、その中でもかなり弱い程度の力しかもっていなかった。
「今の銀鏡は昔の私でも勝てるかどうか分からないくらいに強いわよ」
「まさか!? 分家であるにも関わらず、本家である響野の次期当主を上回ったお嬢様ですよ!?」
「銀鏡は、そんな私の姉よ。元々、天分の才はあったのよ。
たった四年であそこまで磨き上げるとは思わなかったけど」
銀鏡は退魔の巫女としての手解きをされていない。
それ所か、村の者は彼女をあからさまに避けていた。
私が皆の目を盗んで銀鏡に会っては、修行の内容を話したり、術を見せたりしていた。
銀鏡はそれを手本にして、独学で腕を鍛えたのだ。
今にして思うのだが、教え方の下手な先生だったと思う。
私は人に物を教えるのは苦手で、教わったことを上手く伝えられないと自覚している。
それでも銀鏡は理解し、私が見せた術を同じ術を使って見せたことがあった。
私が教わった内容を銀鏡に教え、次に会いに来るまでに銀鏡は覚える。
それが私達、姉妹の交流だった。
ちゃんとした師の元で学んでいれば、私を超える能力者になったかもしれない。
そして、銀鏡が退魔の巫女だったなら、こんなことにはならなかったのかもしれない。
そんな意味のない事を――ふと思ったりもする。
「あれに術を仕込んだのは私。だから、私が止めないといけない」
「梗華様と……争ってるのですか?」
「元より、命を賭けて争ってたじゃない?」
私が愛した夫と子供を共に村から逃げた時。
村の者も、家の者も、私を連れ戻し、たぶらかしたとされる男を殺そうと躍起になった。
そして、その大半は私が退けた。
当たり前だ。私と互角に争える相手など村には存在しない。
しかし、村と外界を繋ぐ掛け橋。
そこが逃亡劇、最後の舞台になった。
私の夫を殺し、子供の命を奪い、私を叩きのめして村に連れ帰ったのは。
私の幸せの前に立ちはだかったのは慕っていた姉だった。
あの時に、私と姉の縁は切れた。そう思っている。
「村から逃げたことに関してはいいの。銀鏡にも考えはあったんでしょう。
でも、そんな事は分かりたくもないし、私の気持ちも分かってくれなくて構わない。
私が許せないのは、銀鏡が私から学んだ技で人々に害を与えてるって事だけ」
「梗華様が?」
「貴方に会えたのは幸運だったわ。美冬、私に力を貸して」
顔を強張らせる美冬を前にして、私ははっきりと言った。
「銀鏡梗華を倒す為に」
あの時は姉を置いていくという負い目があった。
その躊躇いが私の幸せを後片もなく粉砕した。
でも、今度は違う。
「しかし、お嬢様。退魔士同士の争いは」
「分かってる」
真剣を持って戦うのと同じ。
とても、相手の身体を気遣ってなどという対応は出来ない。
「だからと言って、私の大事なものを奪われるわけにはいかないの」
たとえ、私が銀鏡の大事なものを奪ったのだとしても。
「命をかけても守りたい、譲れないものが私にはある」
「………………」
「私の大事な人に生きて欲しい。ただ、それだけが私の願い」
その為なら、汚れることも、汚すことも躊躇いはない。
「だから、お願い」
「……お嬢様」
美冬は難しい顔をして、私を見つめている。
………………。
ひどく長い時間をかけて――彼女は言葉を口にした。
To be continued.....
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〜おまけのあとがき〜
水月が子供を宿したのは14になる少し前の話し。
夫は誰かと言ったら、誰でしょう? 知ってる人は知ってます。
水月が喧嘩を仕掛けた柊家の次期当主について知りたい方は→こちら
まぁ、そんなわけで後十話あたりで終わるんじゃないでしょうか? という所まで来ました。
五話もかからないかもしれません。でも、本当の所は私も知りません。
〜あてにならない次回予告〜
弱体化した水月は力の回復を図る。ついでに学園で起きた事件も明らかに!!
あと、あんまり存在感のない幽霊の人の正体も明かされる?
次回「非時香果」忘れた頃に更新します。
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