大学での講義中に気になったこと、本を読んでいるときに思いついたことを中心に、フランス語・フランス文化に関するさまざまな知識をコラム風にまとめました。
6. 列挙 énumération (04/03/2001)
Souvent considérée comme la plus ancienne des sciences, l'astronomie est la discipline scientifique qui s'occupe des caractères physiques, des mouvements, des positions relatives, des distances, de la formation, de l'évolution et des interactions de tous les astres : objets de notre système solaire (Soleil, Lune, Terre, planètes, satellites, astéroïdes, météores, comètes, milieu interplanétaire) aussi bien qu'objets galactiques (étoiles, amas d'étoiles, nébuleuses, milieu interstellaire, Voie lactée) et extragalactiques (galaxies, quasars, amas de galaxies, milieu intergalactique). Les astronomes s'intéressent également aux rayonnements variés qui baignent l'Univers, ainsi qu'à son étude globale, dans le cadre de la cosmologie.
Christian Nistchelm, «Astronomie», extrait de l'ABCdaire du ciel, Flammarion, 1998.
フランス語の書きことばにおいて、事物の列挙はただ思いつくままに項目を並べるものではありません。列挙される項目は原則として関連する範囲を網羅することを意図しているはずであり、また挙げられる順番には、一定の規則性があります。「しばしば諸科学のなかで最古のものとされる天文学は、あらゆる種類の天体の物理的性質、運動、相対位置、距離、形成、発展や相互作用を対象とする科学分野である。あらゆる種類の天体とはすなわち、我らが太陽系の物体(太陽、月、地球、惑星、衛星、小惑星、流星、彗星、惑星間の空間)や銀河系の物体(星、星団、星雲、恒星間の空間、銀河)、銀河系外の物体(銀河系外星雲、クエーサー、銀河団、銀河間の空間)である。」
厄介なのは第2文です。ainsi queでつなげられた二つの項目を単に「宇宙を満たすさまざまな放射線にも、宇宙全体の研究にも」と訳したのではやや舌足らずな印象を受けます。これは、日本語の書きことばにおいては、列挙は網羅的であるはずだというフランス語におけるような暗黙の了解が希薄だからです。
第2文において、「宇宙を満たす放射線」は天文学の対象としてはおそらくもっとも微小なものであり、逆に「宇宙全体の研究」は天文学が扱いうるもっとも大きいものであるといえます。つまりこの文では、極小と極大の両端を列挙することによって、「天文学者の関心」の範囲を明示しているのです。日本語訳を作成する際には、この網羅的性質が明確にあらわれるような文章にすることを心がけて欲しいものです。
「天文学者の関心はさらに、宇宙論の見地から、宇宙に満ちているさまざまな放射線から宇宙全体の研究にまで広がっている。」
5. 「筆者のnous」Nous de modestie (25/02/2001)
En songeant que peut-être nos lecteurs éprouveraient le même ressentiment, nous nous sommes demandé s'il fallait nous arrêter ou persévérer dans la voie où nous nous engagions, si de pareils tableaux devaient être mis sous les yeux du lecteur.
Eugène Sue, Les Mystères de Paris (1843), Ed. Laffont, p.32.
19世紀半ばに一世を風靡したウージェーヌ・スューの小説『パリの秘密』冒頭にある一節です。「読者諸兄もおそらくは同じ心の痛みを感じるであろうことを思い、筆を置くべきか、それとも足を踏み入れたこの道をあくまで進み続けるべきか、このような光景を読者の目に触れさすべきであろうか、筆者はみずからの心に問うてみた。」
「筆者」が女性であれば、もちろんnousは女性単数として扱われ、それにかかる形容詞、過去分詞なども女性単数形となります。
Nous sommes convaincue que cette étude pourra aider les lecteurs.
「このような研究が読者の役に立つであろうことを、筆者は確信している。」
(小学館ロベール・仏和大辞典より)
4. 「赤毛」Les Cheveux roux (18/02/2001)
「赤毛」といわれてまず思い浮かべるのは、まずルーシー・モード・モンゴメリの小説『赤毛のアン』の主人公でしょうか。それに加えてコナン・ドイルの『赤毛連盟』と題されたホームズものの短編、フランスではジュール・ルナールJules Renardの自伝的色彩を帯びた小説『にんじん』Poil de carotte (1894)が、赤い髪をした人物に焦点をあてた文学作品としては有名といえるでしょう。
しかし、極東に住む私たちには、「赤毛」cheveux rouxという語がどのような色の髪をさすのかについて、具体的なイメージが乏しいように思います。フランスでも人気のTVシリーズ『バフィ/恋する十字架』Buffy contre les vampiresに出てくる、主人公のクラスメートで本の虫の少女ウィロウが赤毛だというのは、私たちが見てもさして問題なく分かりますが、これが『Xファイル』X-files, aux frontières du réelの主人公ダナ・スカリーとなると、あの髪を見て即座に「赤毛だ」と認識できる人は、あまり多くないかもしれません。
私たちのイメージの中にある赤毛とは、赤レンガ色auburn("obœrn"と発音する:英語語源の形容詞で性数不変化)、あるいはニンジン色poil-de-carotte(やはり性数不変化の形容詞)というあたりでしょうが、赤毛の色彩のニュアンスとしては他に、ヴェネチアン・ブロンドblond vénétien(明るく、赤みのある金髪)、枯れ葉色feuille-morte(ブルーネット系の赤毛)、艶のある褐色mordoré、錆色rouille、キャラメル色caramel、琥珀色ambre、オレンジ色orange、鹿毛色fauve、銅褐色cuivré、レンガ色brique、アイルランド・セッターsetter irlandais(明るい赤褐色)などがあります。
赤毛は英語では日本語同様red hairですが、他のヨーロッパ諸語では色彩の赤に用いられるのとは別の単語をもって言いあらわすのが普通のようです。フランス語のrouxは、辞書では«d'une couleur orangée»「オレンジ色」であり、かつ«tirant sur le marron ou sur le rouge»「栗色あるいは赤みを帯びている」(le Petit Larousse)、あるいは«plus ou moins vive»「多少とも鮮やかさのある」(le Robert)と定義しています。また、TrévouxのDictionnaire universel (1771)には、
C'est un rouge pâle tirant sur la couleur du daim, d'une brique à moitié cuite.
「ダマシカの色に近い薄い赤、生焼けのレンガの色」
という定義があります。日本語でいうと「きつね色」ぐらいでしょうか。
最後になりますが、rouxということば自体は、単に毛髪の色だけでなく、肌の色、そばかすの有無まで含めて人の外見を形容する表現と考えるのが正しいようです。
参考:Xavier Fauche, Roux et rousses, un éclat très particulier, Paris, Gallimard (Découvertes Gallimard, Art de vivre), 1997 .
3. 動詞+主語の構文 Phrase V + S (18/02/2001)
現代フランス語は「主語+動詞(+名詞補語)」の構文をとるといわれます。
Pierre lit son journal.
は正しい語順をとった文章で、
*Son journal lit Pierre.
*Pierre son journal lit.
ではフランス語の文章として認められません。
しかしながら、フランス語においては、「動詞+主語」という語順はけっして不可能ではなく、実際のテクストのなかでは数多く見受けることができます。ここではとくに主節における「動詞+主語」構文を、例を引いてとりあげます。
1) Entre un homme blond.
「金髪の男が一人入ってくる。」
Se serait alors dégagé un autre profil particulier du temps, ou bien le profil particulier d'une autre variable que le temps.
「そうすれば時間のもつもう一つの特徴、あるいは時間とは別の変項のもつ特徴が引き出されたことだろう。」
Gilles Deleuze, «Conférence sur le temps musical, IRCAM. 1978»,
http://www.deleuze.fr.st/
(1)は「動詞+主語」、(2)は「動詞+直接目的補語+主語」という語順をとっています。
こうした構文は、とくに動詞が自動詞、自動詞的な代名動詞であるとき(1)、あるいは話し手の心的態度が付与された動詞のとき(2)によく用いられます。後者の例をもう一つ。
L'Afrique du Sud comptera bientôt au moins onze langues officielles. Ainsi en ont décidé, la semaine dernière, les négociateurs de Kempton Park... Auront donc le statut de langue officielle, outre l'anglais et l'afrikaans, le zoulou, le xhosa, le tswana, le sutu (du Nort et du Sud), le tsonga, le swazi, le ndebele et le venda.
Le Monde du 17/11/93, p.3.
これはあえて訳をつけずにおきます。どうしてこういう構文が可能なのか、実際に用いられるのか、については、後置される主語の「長さ・重さ」からの説明、あるいは談話文法理論におけるthème - rhèmeの概念からの説明などがあります。
参考:Christiane Marchello-Nizia, L'Evolution du français, Ed. Armand Colin, 1995.
2. 「逆さ言葉」 Verlan (12/02/2001)
Mon nom, c'est Francis, mais dans la tour on ne m'appelle que «Ci-Fran le çais-Fran»... [...] Au début j'avais besoin de traduire dans ma tête, pour comprendre. Maintenant c'est quand on me parle normalement que ça me pose problème.
Didier Daeninckx, «Ce sont nos ennemis qui marchent à notre tête»
in Autres lieux et autres nouvelles (Ed. Verdier, 1993).
現代フランスの社会派ミステリ作家の雄として知られるディディエ・デナンクスの短編の一節です。
日本語には一種の隠語として「逆さ言葉」があり、「外人→ジンガイ」「金髪→パツキン」といった造語がマスコミ業界から始まって広く若い人々に使われたりもしますが、こうした音の倒置(言語学ではmétathèseという)による隠語の作り方は日本語に限るわけではなく、フランス語にも存在します。それがverlan、あるいはcéfranと呼ばれるものです。
verlanが単語中の音節・音素を単純に倒置していくものであれば、理解するのにもさほどの困難はないかもしれませんが、日本語の逆さ言葉が実は音節をシステマティックに倒置していないのと同様、verlanでも倒置の仕方に微妙な慣習があって、われわれにはちょっと分かりづらいものがあります。
たとえばcafé, métro, feuといった語は、何のひねりもなくそれぞれféca, tromé, eufとなりますが、倒置の際に綴りの一部が変化するものがあります。よく見られるのは重複する文字の省略や、濁音のsをzにあるいはquをkに書きあらためる、無音の子音字を省略する、という手法です。
bizarre → zarbi, musique → zicmu, paquet → képa, chaud → auch.
さらに特徴的なものとして、その単語を特徴づける重要な音素(一音節語の母音・ときに子音)を変化させたり、あるいは省略したりするものがあります。
femme → meuf, mec → keum, arabe → beur, juif → feuje, flic → keuf.
また、複合語や慣用表現などの場合では、その一部のみが倒置されることもあります。
laisse tomber → laisse-béton.
もちろん、verlan, céfranという語も、それぞれl'envers, françaisを倒置してつくられたverlanの語彙です。
1. 「まず最初に……」 D'abord... (12/02/2001)
フランス語の文章を読んでいるとやたらにお目にかかるd'abordという語彙、辞書を引くと「まず」という訳語がまず出てきます。この訳語に満足し、機械的に訳文にあてはめてしまう人は多いと思いますし、それもけっして間違いとは言い切れませんが、フランス語で書かれた文章を理解するという観点からみれば、あまり賢明な態度とはいえません。
フランス語の語彙の中には、今目にしている一文が論旨の展開上どのような役割を担っているのか、直前の文、あるいは直後の文とどのような関係にあるのか、そうした文章の論理の筋道を示すことを目的とした、純粋に機能的な語彙というのが存在します。それらの語彙——場合によっては句読点——の機能を理解し、文章のどこに配置されているのかを構造的にとらえることができるようになると、フランス語の文章にたいする理解力は飛躍的に向上します。
D'abordという語に関していえば、これはほとんどの場合において、この語を含む文章、節が、列挙される項目のいちばん最初であることを示します。おそらくは直前に、「この件に関してはいくつかの……がある」あるいは「三つの……が考えられる」などといった文があって、それを受けて「それらの項目の第1番目は……」と語りだすのがd'abordの本来的な機能です。
どのように訳すか、という具体的なレベルにおいては、「まず」としておいてもいっこうにかまわないと思います。問題は、この語を目にしたときに、「この部分が列挙の一番目として、2番目、3番目はどこに出てくるんだろうか?」と気にかける意識を常に持って欲しい、ということです。そうした読み方が、すなわち文章の論理的な理解法であって、フランス語の書き言葉の中ではこうした態度が常に要求されると考えるべきでしょう。
D'abordと同じ機能を担う表現としては、tout d'abord, en premier lieu, premièrementなどがあります。