止揚学園/福井達雨園長

止揚学園は,知能に重い障害を持った子供達と生活を共にする目的で,福井達雨氏がもう一人の青年と共同で1962年滋賀県の長明寺地区の古寺を借りてスタートした。スターと間もなく,障害児の一人が病気で入院治療を余儀なくされるなど財政的負担が重くなり,存続の危機に面していた。丁度その折,教団の全国教育委員会議が,その近くで開かれ、福井氏ともう一人の青年が議場を訪れ実情を訴えたのが教団並びにその後の富士見丘教会との交わりのきっかけとなった。当時の伝道計画の主力と言えば,1が「農村伝道」第2が「教育を通じた伝道」そして第3が「社会福祉活動」であったが、教育委員長であった東方牧師は,止揚学園へ財政援助する方向で教団内をまとめ、1963年の「教会学校クリスマス献金」から100万円を寄付することとなった。その後,全国の教会学校からの献金も加わるようになって,危機にあった止揚学園は運営継続の目途が立ったようである。

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