レイクシィは前方を歩く青年を眺めた。
アーギルシャイアと名乗る女性に向かい、兄、ロイが反射的に口走った名前。
セラ。彼はそう名乗った。
「さすが俺が認めた男の妹だな。良い手並みだった」
村人達を逃がし、ロイの元に向かおうとしたレイクシィに向かい、彼はそう言って近づいてきた。
先ほど出会った女性に……村を焼いた女性、アーギルシャイアに、良く似た雰囲気を持つ男性。
だが不思議と、悪い感じはしなかった。
誰何の声をあげる前に、淡々と彼は言葉を繋げ、レイクシィを村の奥、神殿に誘った。
そこにあったのは、頼もしい兄ではなく、怪物の姿だった。その姿はいとも簡単に崩れ落ちていく。
ロイが倒した……、とセラは告げた。が、ロイは少なくともここにはいないらしい。
そして、その手がかり……ロイがそこにいるかどうか、という判断だけなのだが、それをセラが持っているようだ。
ロイの持つ『日光』という聖剣と対になる妖刀、『月光』。セラはその持ち主である。
「お願いします。私も連れていって頂けませんか?」
レイクシィの答えは決まっていた。セラを信用するか否かは、すでに判断していた。ロイが…愛しい兄が、その名前を紡いでいたのだから。
「面倒は見ないぞ」
短く彼はそう答え、背を向けた。
ミイスから出て、しばらく街道を歩き、ちょっとした空き地で休憩を取る。
セラは、ひょんな事で拾ってしまった少女をそれとなく眺めた。
自分が唯一認めた男、ロイの妹。神器を護っていた神官の血を引く娘。
自分と同じ黒髪に見える髪は、光に透けると青の色を映す。
「ロイには似ていないな」
栗毛色の髪を持ち、端正な顔をしているロイとは、レイクシィはあまり似ていない。
美人というよりは、可愛らしい顔立ちをしている。が、十人並だ。街中に見かける少女達と、そう変わるわけではない。
「良く言われます」
小さな呟きが聞こえたのだろう、レイクシィは苦笑しながらそう返す。
血は繋がっているはずなのだが、自分と兄が似ていないのは自覚しているらしい。
「ロイの妹…」
「レイクシィです」
名を呼ばれないのに不満を覚えたか、即座に突っ込まれる。
「レイクシィ、村を出るのははじめてか?」
「はい。今まで村にいましたから。いずれ、外の世界に修業に出るつもりではありましたが」
「……そうか」
セラはため息をつく。色々世話を焼くことになるだろう事を想像してのため息だ。
「あの……セラさん。足手まといにならないように努力しますから。
ご面倒かとは存じますが、よろしくお願い致します」
すらすらと敬語で伝えてくるレイクシィに、セラは少し頭の痛いものを感じる。
「じゃあ……俺が今から言うことを聞いてくれるか?」
「はいっ」
生真面目にレイクシィは返事をした。それにも軽い眩暈を感じる。
「まず、敬語は勘弁してくれ」
「えっ…でも……」
「普通冒険者は、そんな馬鹿丁寧な言葉で喋ったりはしない。目立つぞ。
目立つのは悪いことではないが、悪いことを引き出す場合もある」
「は……はい、努力しますっ」
「……」
セラは額を押さえた。
「あ、う……努力…するね……」
それを見たレイクシィはトーンダウンしながらも、必死で敬語を使わないように喋る。
「それと」
慣れていくうちに何とかなるか、とやけくそ気味に思いつつ、セラは続けた。
「はい」
「……俺のことは『セラ』でいい。さん付けも殿付けもいらない」
「わ……わかりまし……あぅぅ、わかった、よ、セラ…さ……ううう」
レイクシィはしどろもどろだ。
(よっぽど育ちが良かったんだろうな……まあ、村の長的存在である神官の娘で、あのロイの妹だからな……)
セラは、顔を赤くして困ったような表情をするレイクシィの頭を軽く叩いた。
「……少しづつで良い。だが、なるべく努力してくれ」
「はい」
セラに手を置かれたままの頭を気にしつつ、レイクシィは頷いた。
街道を歩くうちに夜を迎え、野宿をすることになった。
焚き木を焚き、保存食を軽くあぶり、食事にする。
食事を終え、レイクシィは膝を抱えながら、じっと焚き火を見ていた。
「……どうかしたか?」
セラが声をかけたのは、その状態が半刻ぐらい続いてからだ。
「…………いえ……」
声に反応するものの、レイクシィの瞳は炎に固定されたままである。
「……」
彼女は無表情に炎を見ていた。
セラは、その様子を見ながら、『動くんじゃないぞ』と告げ、その場を離れる。
(……炎により失ったもの、か)
焚き木にほくち箱で火をつけた時の、レイクシィの表情が思い浮かぶ。
一瞬ではあったものの、怯えの表情を浮かべていた。
(つい、数刻前に起こったことだからな。……無理も無い)
ため息をつく。
(が、いつまでもショックを受けているようでは仕方が無いのだが。
俺は……、子供の世話をしている程、暇ではない)
首を振り、腰もとの剣に触れた。
(ロイ……)
『月光』の反応は無い。
レイクシィは、燃え盛る炎を見つめていた。
(私の村を焼いた、炎。父様と母様を奪っていった炎)
眉根を寄せる。
悲しかった。炎が全てを奪っていくのが。
悔しかった。結局、何も救えなかった自分が。
「くっ……」
ひざを抱えた腕が震える。悲しみと悔しさの涙が零れ落ちた。
(兄様……ロイ兄様)
声をあげて泣きたい気持ちと、泣くものかという気持ちが混ぜ合い、行方の知れない兄に助けを求める。
……が、その思いを簡単に断ち切る気配があった。
セラが、戻ってきたのだ。
「……っ」
慌てて目許をぬぐい、セラに顔を向ける。
「おかえりなさい」
レイクシィが小さく笑みを浮かべると、セラは息をついて彼女を見た。
(泣いていたのがばればれだ)
潤んだ瞳と、ぎこちない笑みで迎えられては、自分が泣かしたのではないとは言え、心が痛い。
相手が気遣わせないようにしているのがわかる分、余計にそう思う。
「早く寝ろ」
ぶっきらぼうに呟くと、セラはレイクシィの頭から毛布をかぶせた。
「わ…っ」
いきなりの事に、レイクシィは毛布の中で暴れている。
「ぷは……もぉっ、いきなりかぶせないで下さいよぉ」
やっとのことで顔だけ出し、怒った顔を見せた。
「いいから、早く寝ろ。明日は早いからな」
皮肉な笑みを唇に乗せ、セラは毛布を引っ張ってレイクシィを横にさせ、焚き火の反対がわに顔を向けさせた。
今日はこれ以上、炎を見せないように。
「……はい」
レイクシィはもそ、と毛布を手繰り寄せると、身体を落ち着けた。
(気づかれたのかもしれない……気を使ってくれたのかもしれない……。
兄様とは違うけど、似ているな……そう言うところ)
何も言わないけど、それとなく気遣ってくれる。
兄のように優しくは無いけど、それはとても暖かかった。