あいつは、自分の親友の妹。

 唯一認めた男の妹。

 ……そう、『ロイの妹』であって、女性であると認識したことは無かった。

飲みすぎちうい。

 レイクシィは、酒を飲めないという。 
「酒場に行ってお茶ばかり飲んでいるのはそのせいか」 
 セラが問うと、彼女は曖昧に笑った。 
「ルルアンタもお茶しか飲まないよー」 
 旅の途中で知り合ったルルアンタがそれに便乗する。 
「いや、お前はお茶で良いと思うが」 
 リルビー族の彼女は、いまいち実の年齢が見ぬけないが、精神年齢もお子様な以上、飲まないほうが賢明だろう。 
「むー」 
 何ともつかない唸り声をあげ、ルルアンタは黙ってお茶を飲み始めた。 
「ロイには勧められなかったのか?」 
「うん……飲んじゃ駄目、って言われたから。儀式以外では飲んだこと無かったよ」 
「飲んだこと無いわけではないのか」 
 同じく旅で知り合ったデルガドの言葉に、レイクシィは横にかぶりを振る。 
「儀式のお酒って、この位なんですけどー…」 
 指で示すその量は、とても『酒を飲んだ』という量ではない。 
「儀式用の杯って小さいから」 
 デルガドは納得して頷く。 
「だが、飲めない年齢でも無いだろうに、そうだな、ちょっとこれでも飲んでみるか?」 
 デルガドは、マスターに何かを注文し、それをレイクシィに差し出した。 
 出てきたのは、桜色のカクテル。 
「デルガドらしくないな」 
 セラが苦笑すると、デルガドは平然と、 
「酒好きが、酒を飲んだことの無い奴に美味い酒を勧められないのは嫌なんでのう」 
 笑ってそう返す。 
「で、これ……何?」 
 カクテルを口元に持っていって香りを伺いながらレイクシィが首をかしげた。 
「カクテルの中でもそんなに強くないものだ。甘いから、飲みやすいと思うが」 
 レイクシィは困ったようにセラを見る。 
「別に良いんじゃないか?」 
「でも、ロイ兄様は飲むな、って……」 
「お前な、いい加減そのブラコンなところは治せ」 
 セラは額を押さえて嘆息した。 
 共に旅をして数ヶ月。レイクシィは冒険者としてもかなりしっかりしてきたと思うが、何かにつけて『ロイ兄様』という単語を口にする。 
 今までお兄ちゃん子だったとは聞くが、こうなると重症だとも思う。 
「……」 
 レイクシィは何か言いたげにセラを見るが、カクテルとデルガドを交互に見、意を決してカクテルを口にした。 
 
(一体何なんだこいつはっ) 
 カパカパとあらゆる酒を飲み干し、楽しそうに笑い転げるレイクシィを見て、セラは混乱していた。 
「あははははー、これ美味しいれすねぇぇ〜、ささ、セラさんも飲んれくらさいよ〜」 
 セラの思いを知ってか知らずか、レイクシィはついでに絡んでくる。 
 やはり素になると敬語になるようだ。ろれつは回ってないが。 
(っていやそんなことを考えてる場合ではなく) 
「ほーらー、私のお酒が飲めないんれすかぁぁぁっ!?」 
 元凶であるデルガドと、逃げ足の速いルルアンタはとっくの昔に逃げ出している。 
 さすがに置いていくわけにも行かず、セラだけは残っていたのだが……。 
(ロイが止めたのがわかったような気がする) 
 レイクシィに勧められた酒を飲みつつ、妹溺愛な行方不明の友の思いに、今回だけは同調する。 
「お、おい、もうそろそろ終わりにしろ」 
 まだ杯に酒を満たしているレイクシィを見て、いい加減ヤバイと思ったセラは止めに入った。 
「え〜〜〜〜〜っ、私まら平気れすよぉ〜?」 
 『まだ平気ですよ』といったつもりなのだろうが……。 
「いーからやめろっ」 
 杯を奪うと、恨めしそうににらまれる。 
「……セラさん、私のこと嫌いなんらぁっ……」 
 涙目になられてしまい、セラは心底困ってしまった。 
「あ、あのな、好きとか嫌いとかじゃなくて」 
「嫌いだから酷いことするんれすぅっ」 
「……」 
 気がつくと、レイクシィが、座っている自分の胸倉を掴むようにして、上にのしかかって来ている。 
 セラの顔のすぐ前に、酔っ払ったレイクシィの顔があった。 
 瞳が潤んでおり、頬が紅潮している。何処と無く色っぽさを感じる。 
(何考えているんだ俺はっ……って、いや、この体勢はっ!?) 
 気づくのが遅い。 
 ばたんっ! 
 重心を後ろにかけ過ぎてしまったせいで、セラとレイクシィは派手に後ろに倒れ込んでしまった。 
「くっ!」 
 したたかに背中をうちつけてしまい、セラはうめき声を上げる。 
 隣では、レイクシィが頭を押さえて声も無くうずくまっていた。 
 セラはため息をついて、レイクシィを立たせる。 
「出るぞ」 
 店主に支払いをして、セラはレイクシィを伴って店を出た。 
 
「頭、大丈夫か? 思いっきり打ち付けたようだが」 
 宿への道を歩きながら、セラはレイクシィに話し掛けた。 
「……大丈夫ですぅ……」 
 頭をさすりながら、レイクシィは答える。衝撃で少し酔いが覚めたようだ。 
「セラさん……」 
 レイクシィは立ち止まり、セラを見上げる。 
「何だ?」 
「あの…………」 
 ぽぉっとした表情でセラを見つめた。 
(うっ……) 
 その表情は夢見るようでもあり、思いのほか大人びており、艶やかだった。 
「あの、私、何だか……」 
 苦しげに、切なげに見上げる表情に、セラは何故か胸の高鳴りを覚える。 
(何レイクシィ相手にどきどきしているんだ俺はっ!?) 
 自分に突っ込みを入れるほど、動揺している。 
 が。 
「…………気持ち悪いです……」 
「っ!!!」 
 セラは、その一言で我に帰った。 
 慌ててレイクシィを抱えると、走って宿に向かう。 
「た、頼むから少し我慢していてくれっ!」 
「あぅぅぅぅ、セラさん〜〜〜、揺らしちゃ駄目ですぅ……」 
 セラの腕の中で、レイクシィはぐったりしながら、情けない声をあげていた。 
 
「大丈夫か?」 
 化粧室のドアに背をつけ、セラは中に声をかけた。 
「はい……ご迷惑をおかけしました……」 
 幾分か落ち着いた声が返ってくる。 
「歩けるか?」 
「はい」 
 確認し、ドアを開く。 
 顔を少し青ざめさせたレイクシィが出てきた。 
「あの……」 
「もう寝ろ」 
 セラはぶっきらぼうに言い放ち、部屋に向かって歩く。 
「はい……」 
 レイクシィは頷くと、自分の部屋に向かった。 
「セラさん…」 
「?」 
「ありがとうございました、面倒見てくれて…」 
 小さく微笑むと、レイクシィは『おやすみなさい』と言って部屋に入っていった。 
「……」 
 セラはしばらくそこに呆然と佇んでいたが、慌てて部屋に入っていく。 
 
 セラは、自分のベッドに寝転がっていた。明かりは消してあるものの、目は開いている。 
(レイクシィ、か…) 
 自分の親友の妹である少女に思いを寄せた。 
 面倒は見ない、といったつもりだったが、どういうわけか、何かと面倒を見ることになってしまっていた。 
 しかも最近は面倒を見るのが、不思議と嫌じゃなくなってきている。 
 『子供だから』『親友の妹だから』面倒を見ているのだと、自分で思っていた。 
 だが…… 
(あいつはれっきとした、一人の女性なんだな) 
 多分、わかっていたのだと思う。認めていなかっただけで。 
(あんまり子供扱いするのはやめよう……。それに、気をつけなければならないことを教えてやらねば) 
 色々と考える。決して世話好きではないのだが、レイクシィの事になると、何故か世話を焼きたくなる気分になる。 
 彼女は、まだ未熟だから。 
(もっとも、子供扱いしないにしても……やはり、酒は飲ませてはいけないということか) 
 くす、と笑いが漏れる。……が、同時に、自分を見上げた熱い視線を思い出し、何とも言えない気分になる。 
(……馬鹿な) 
 甘いような苦いような感覚を、セラは頭を振って打ち払った。 
 
「で……何も覚えてないって?」 
「あぅ……はい〜」 
 次の日の朝。
 セラの問いに、レイクシィは両手の人差し指をくっつけ合わせつつ答えた。 
「飲む前までは覚えてたんだけど……気づいたら朝、だったから…」 
 セラは頭の痛いものを覚える。 
「ただ、セラさんがとても優しくしてくれたような……?」 
 レイクシィの言葉に、デルガドとルルアンタがセラを見た。 
 ……何か勘違いしている。目がきらきらしている。デルガドなんか、口の端が引きつっていたりする。 
「気のせいだ。俺はただ、酒場から宿屋まで運んだだけだ」 
「そですか…? ご迷惑、おかけしてませんでした?」 
「ああ」 
 じっと見上げられ、セラは思わず目をそらした。 
「あやしー……」 
 小さな声でルルアンタが言うのを、セラは視線だけで黙らせる。 
「体調はどうだ? 良い様だったら依頼先に向かうぞ」 
「あ、はい、大丈夫です」 
「では、行こう」 
 セラはレイクシィ達に背を向け、宿を出ようとする。 
「はいっ」 
 レイクシィはセラの背中を追う。 
 デルガドとルルアンタは、意味ありげに顔を見合わせてから、二人を追った。