「あれ? アニキ、どっか行くのか?」
帰宅するなり、荷物を自室の机の上に置くとUターンする涼介の後を帰宅時からついて回っていた啓介が尋ねた。
「今夜は家にいられるんじゃなかったん?」
ジーンズのポケットにFDのキーが入っていることを確かめて、エントランスで靴を履く涼介に続く。
「俺も一緒に行ってもいいだろ!?」
少し疲れている感じのする黒瞳をおねだりモードで覗き込んだ。
昔から涼介はこの視線に大層弱かった。
「……おとなしくしてられるか?」
「はーい」
子供みたいな返事をした啓介の頬を白い手で一撫でしてやった。
少しひんやりしている指先が心地好かった。


「………単にメシ食いに来たワケ…じゃなさそうだよな、アニキ」
渋川の大通りに面したファミレスに入った。それだったらレッドサンズの溜まり場になっているファミレスの方へ顔出しがてら行くはずである。
「………もしかしなくても、藤原?」
席に案内されるなり、灰皿を引き寄せ徐に煙草に火を点けた。
「そうだよ」
青天の霹靂。
メニューを開きながら涼介は前髪を軽くかきあげた。
「…今夜はアニキと、ゆーっくりしようと思ってたのに」
指先に絡む髪の白黒のコントラストにドキリとしながら、不満を口にし、「ベッドの中で」と心の中で付け加えた。
「…それは俺にとって都合が良かったな…?」
琥珀の瞳のニュアンスに涼介は心中を読み取り苦笑する。
暫く触れ合っていなかったから、どんなことになるのか想像に難くない。
「明日丸一日アニキの時間つぶしてやる予定だったのに、俺が」
器用に片眉を上げ、啓介は涼介からメニューを取り上げた。
やがてやって来たホール係りのマニュアル通りの応対に注文を済ませ、お冷を口にする。
「藤原と何時の約束だよ?」
「スタンドのバイト終わってからだから8時くらい。ちょい過ぎるかもな」
「何の話をすんだよ?」
「3年の卒業追試の家庭教師するんだよ、卒業できないと困るから」
俯き加減に涼介が笑む。
「追試ぃー?! ダッセー! 藤原のヤツ」
口を尖らせ嘯く啓介へテーブル越しに涼介の手が伸びて痛くないデコピンをされた。
「人のコト言えるか? 啓介」
にやりと、いじめっ子の顔で涼介は啓介の記憶を喚起する。
「…ゴメンナサイ…その節は大変お世話になりました。今、俺がここにあるのはアニキの御蔭です」
しゅん、と耳の垂れた子犬の表情で啓介は頭を下げた。


「たっくみー、かっえろーゼー♪」
ロッカールームに入るなり、元気なイツキに背中を叩かれ拓海はむせた。
「…っ! 何でお前、そんなに元気なんだ…? 俺なんかいっつもくたくただぞ…」
まぁ、自分は早朝の豆腐の配達してるからか、なんて心の中で一人で納得し、ロッカーから着替えを取り出した。スタンドの制服のジャケットを脱ぎ手早くセーターに着替え、ダッフルコートを取り出し、思い出したように呟いた。
「…そうだ。俺、今日はお前と帰れねーや」
「なっ、なつきちゃんと、よ、よ、夜のデートかぁっ?!」
ひょっ、と飛び上がるオーバーリアクション。
「ちげーよ…涼介さんとこれから待ち合わせなんだ。……追試のヤマ教えてもらいに」
「何ーっ!! 追試のヤマっ!? 俺も行きてー! 俺の追試もお前と一緒ーっ! なーなーなー拓海ー、俺もー、俺も連れてってくれよーっ! 高橋兄弟と会いてぇっー! あの頭の良い高橋涼介のはるヤマなら無事卒業できそーっ! たぁくみぃーっ!」
全身を使って泣き落とすイツキに、やれやれと拓海は溜息をつく。何故だかこの愛嬌たっぷりの親友の頼みは無碍にできないのだ。
「……仕様がねーな…頼んでみるから、あんま騒ぐなよ?」
「やったー! 拓海ーっ、サスガ俺の親友ー!!」


「…て、ワケでイツキも一緒で構いませんか?」
涼介達が座るテーブルの横で頭を掻きながら拓海が告げる隣ではイツキがカチコチに固まっている。
拓海も正直、啓介まで来ているとは思っていなかったので、少しは驚いているが表情には出ていない。
「1人も2人も一緒だ、別に構わないよ」
ふわり、と安心させる様に微笑む涼介の顔に初めて拓海が赤面する。
その様子に啓介はムッとしたが、表に出せば涼介に窘められ、その分時間がとられてしまうので、ぐっと我慢した。
「あ、す、すいません。オイ、イツキっ」
肘でイツキを突付く。
「ありがとうございますっ!」
90度に下げられた律儀な頭を見て啓介が席を立つ。
「お前ら、ここ座れ。俺はアニキの隣座るから」
すらりとした長身、涼介の隣に座って持て余すかのように組まれた長い脚にイツキの羨望の眼差しが当たる。
「ホレるなよ?」
にやりと啓介が口の端を吊り上げ、ウィンクしてみせた。
「いっ、いや、そんな、俺はっ!」
ゆでダコの様になってあたふたとするイツキを宥め、拓海は席についた。


「……ここでは、このページの公式使って…そう、その値を代入して計算していかないと次の問の答が出せないんだ」
ペンを持ってノートの上を行き来する涼介の白膚の手をぼうっと啓介は眺めている。
昔はよく、こうやって自分も教えられていたなと、時々携帯に入るメールに目を通しながら啓介は記憶を辿った。
先細りのしなやかな指先に勉強を、免許を取ってからはドライビングを教えられ、いつも導かれていた。
手を繋ぐことを求めればすぐに応えてくれた幼い頃の嬉しさは今も変わらず、いや、変わるどころかプラスされた感情が更に強くその手を絡めとりたいと切望する。
それなのに今、涼介の手は啓介が目下ライバルと決めた藤原拓海のために動いていることに、ちり、と嫉妬心に火が点いた。
涼介に他意はないこと、藤原にもないことは十二分にも解っているが、一度火が点いたらなかなか鎮火しないのが啓介の気性である。
何とか大火にならないよう紛らわすため、煙草を取り出す。
「啓介」
視界の広い涼介に捉って左手で煙草を持つ手を押えられた。
「何?」
「高校生の前で喫煙はマズいだろ?」
ちらりと横目で藤原達を見ると現在、計算問題と格闘中である。
「わーったよ。アニキ」
ケースをしまい、視線で耳を寄せるよう涼介を促すと、小さな小さな、店内のざわめきに消されてしまいそうな声で囁く。
「まだ終わんねぇの?」
腕時計を見れば、もう1時間以上もこうしている。随分珍しく、啓介にしてはおとなしくしていたものだと涼介は思った。
テーブルの上に肘をついている啓介の右手を取ると掌に指先で文字を書く。
< もうすこしだから >
宥める様に微笑んで手を引く。
掌を眺め、啓介は困った様な顔をすると静かに席を立った。
どうしたのかと涼介が視線で啓介を追うと、トイレだから、と軽く示しドアの中に入っていってしまった。
「……ヤバ……」
鏡の前に立つと啓介は蛇口のセンサー前に手を出した。水の流れに先程の涼介の指先のくすぐる様な動きが重なる。
幸い他に人はおらず、独り言を聞かれる心配はなかった。
「無意識でヒトのコト、煽ったりするからなー、アニキ」
暫く触れ合っていない飢えた躰にあれは良くないと毒付く。情事の最中、縋る様に背中を辿る指を思い出してしまう。
「………帰ったら即GOだからなっ!」
充分に手に篭った熱を水で冷やすと啓介は席へ戻った。


高崎の家に着いたのは日付が替わるのにあと数十分、という時間だった。
玄関の戸締りをする涼介を待って、その場で抱き締めて口付けた。
突然の求めに驚きはしたが、啓介に逆らわず、躰の力を抜き瞼を伏せ、したい儘にさせた。
「…こら、玄関先で」
漸う離れた啓介の唇に人差し指を当て窘める。
口付けで濡れた唇が開きそのまま銜えられ、柔らかな指の腹に歯を立てられた。
「……啓介」
溜息混じりの甘い声で手を放すよう促し、濡らされた指はそのままに啓介の手を引いて2階へ向かう。
上りきった階段側の啓介の部屋のドアを開けると、白い面に邪気の無い笑みを浮かべて啓介を中へ導き、自分は入らずドアを閉めた。
「ちょっと! アニキ!?」
フェイントを付かれて啓介は慌ててドアを開けて、隣の自室に入ろうとする涼介を呼び止めた。十二分にもやる気でいたのを放り出されるのは大層キツい。
「1人で寝ろって!?」
非難がましい啓介の視線に微苦笑して涼介は連れ無い言葉を朱唇から零した。
「ちょっと疲れているんだ、今日は1人で寝かせてくれ」
「やだ!」
眠いなら寝ていて構わない。この間自分は勝手にイタズラをするだけだから。
涼介に触れたくてたまらなかったのに我慢して待って、その挙句がお預けでは話にならない。
「やだって言われても…お前だって寝てて反応ない躰抱いてもつまんねぇだろ?」
さらりと言われた発言に、一旦眠ると決めたら深く眠り、決めた時間まで絶対に目覚めない涼介を思い出し、うっと詰まる。夢現の中、手で払われ様ものなら同じ同性、力加減が期待できないその痛打を受けるのは啓介とて遠慮したい気持ちが僅かに蠢いた。
「それでも、やりたいって言うつもりなら…」
「言うつもりなら?」
思わず声に期待が滲み出すのは不可抗力である。
「俺がやられ損っぽい気がするから、強制却下させてもらう」
「何それっ!?」
「だって、気持ちいいのがお前だけってのが…何か許せない。やるからには2人共気持ちよくなきゃダメだ」
それだけ言うと涼介は極上の笑み1つ残して部屋のドアを無情に閉ざした。
「……バカアニキっ!」
 お互いよくなければダメというのは理性で納得できても、感情的には納得できずに、しかし当の涼介は部屋の中でどうしようもなく小さく叫ぶと啓介も渋々ベッドの中に潜り込まざるを得なかった。


 

おまけ


 

アニキは意識してやってるのか、天然無意識でやってるのかは御想像に御任せ致します。(笑)
ほんとは、啓介視点での「涼介の手」を書きたかったんですが…気がついたらこんな話に。
こんなしょうもないものを……すみません、あずさ様…。
反省と修行の必要がわたくしには認められます。

 

 

>仁礼麗子さまよりいただきましたv

 素敵です! ありがとうございます!

 確信犯にせよ、天然にせよ、どちらにしても兄らしい気がします。頭いいくせに常識とかモラルとか、ごく当たり前のことがすっぽり抜けてるような人ですから(偏見?)。

 それにしても! こうなったらぜひリベンジ編が見たいと思いませんか? みなさま。

あずさ

 

 そして! 内緒でいただいてた<おまけ>をUPするご許可をいただきました! 一応隠してあるので、探してください、ぜひ!

 

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