お子様ランチ

Azusa Matumoto

 


 

「お子様ランチ二つ!」
 啓介の、子供特有の声での高らかな宣言に、ファミレスのウェイトレスは少し困ったように答えた。
「すみません、お子様ランチは10歳以下のお子様までとなっております」
 ウェイトレスの視線の先にいるのは、平均より成長の早い、11歳の涼介。
「しかたないわね。涼介、何にする?」
「えぇーっ!?」
 向かいの席の母親がメニューを渡しながら言った言葉に、盛大な抗議の声を上げたのは、涼介ではなく、その隣の啓介だった。
「啓介は大丈夫よ。まだ9歳でしょう」
 母親の言った通り、啓介は9歳。そして、涼介とは逆に平均よりも小柄な上、思っていることがそのまま顔に出る素直さと、好奇心旺盛で一つ所に落ち着かないせいで、実年齢よりも下に見られることが多い。
 ウェイトレスも、もちろん啓介が年齢制限に引っ掛かるとは思っていなかったのだろう。母親の言葉に軽く頷くような素振りをした。
 だが啓介は、いかにも不満気に頬をふくらませてこう言った。
「兄ちゃんと一緒でなきゃ、ヤダ」
「……啓介」
 対する母の呼びかけには、きついたしなめの意思が込められていた。
 ファミレスの年齢制限など、証明書の提出を求められるような厳密なものではない。いくら涼介の背が高く、その落ち着いた表情と物腰から、さらに年かさに見られることが多かったとしても、1歳ぐらいごまかそうと思えば出来ただろう。
 が、兄弟の母はそういったごまかしはしない人だったし、一度は認めたもの
を翻すようなことはさらになかった。
 医師という職業柄、留守がちな母ではあったが、そこは親子。息子達は二人とも、母がそういう人だということはよくわかっていた。
 啓介が、折れるしかないのだ。だが。
「じゃあ、けーすけも違うのにする」
 唇を噛み締めて言った言葉は、少々周りの大人の意表を突いた。
 もともと、啓介がお子様ランチが食べたいと言ったために入ったファミレスだった。母は、「お兄ちゃんと一緒」の方を撤回するものと思っていたし、そういった事情を知らないウェイトレスにしても、これはかなり意外な反応だったらしく、まじまじと啓介を見つめている。
 だが啓介には自分の言葉を取り消す気はないようだった。目尻にうっすらと涙を浮かべながら、それでも泣くまいと、ぎゅっとこぶしを握り締め、唇を噛んでいる。その懸命さは痛々しいほどだった。
 そんな啓介に、横合いから優しく名を呼ぶものがあった。
「啓介」
 落ち着いた、だがまだ変声期前の子供の声は、兄の涼介。
 その声に啓介は、涙がこぼれないよう、目元に力を込めたまま兄を見る。
 すると涼介は子供ながら整った顔に大人びた微笑を浮かべ、続けた。
「啓介、半分こしようか?」
 言葉の内容よりも兄の綺麗な微笑みに引きこまれ、思わず緊張を解いた啓介だったが、とっさには反応を返せない。こぼれそうなほど大きく目を見開いて涼介をじっと見詰め返す。
 そんな啓介に微笑を深くして、涼介はさらに言った。
「啓介がお子様ランチを頼んで、僕がほかのを頼んで、それを半分づつ食べよう? そうすれば、同じ物を食べられるだろう?」
 その言葉に、啓介は雨雲から陽光が射し込むように、一瞬で泣き顔を満面の笑みにかえて、強く頷く。
「やっぱり兄ちゃんはすごいや!」
 感嘆の声を上げて抱きつく弟の頭を撫でてやりながら、涼介はメニューを開く。
「何にするか、一緒に選ぼう? 啓介も食べるんだから」
 嬉々としてメニューを覗き込む啓介は、すっかり上機嫌だ。
「兄ちゃんは? 何がいい?」
 うきうきと問いかける啓介に、少しだけ考えるふりをして涼介は言う。
「カレーライス、なんてどうかな?」
 それは涼介の、というよりも啓介の好物の一つ。啓介に否やのあるはずもない。
 笑顔のままで頷く弟を確認し、涼介は向かいの母親に視線を向ける。
 それまで息子達を茫然と見守っていた母親は、その視線に我に返り、同じく茫然と脇に立ったままだったウェイトレスにようやく3人分の注文を告げた。

 それにしても。

 ――忙しさにかまけて、育て方を間違えたかしら――

 

 長男のあまりにもみごとな保護者ぶりと、もはや盲目的なほど兄に心酔しているらしい次男。単に兄弟仲がいい、というにはどこが語弊があるような気がしてしかたのない息子二人を前に、漠然と不安を覚える母であった――。

 

おわり

 


 

 

 やたらと忙しかった4月の半ばに、仕事帰りに夕飯食べに入ったファミレスで拾ったネタ。年齢制限は12歳だったような気もしますが、さすがに、啓介11歳ではあんまりだろうと引き下げ。

 しかしこんなしょうもないネタに3週間もかかりました(汗)。これなら2週間もあればあがるだろうと思って、書きかけのほかのネタ放り出して書いてたのに。どうやら私の遅筆振りでは目標の月一更新は無理のようです。ガク。

 それにしても、高橋母。ろくに設定も決めずに書いてしまいました。あの高橋家に専業主婦がいるとは思えなかったので、キャリアウーマン。育児放任。いずれまったく違う設定で書くこともあるかもしれません。

 この話、一本にまとめようとしたけどまとまらなかったネタをおまけとして別に書きました。よろしければそちらもあわせてどうぞ。

 

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