ある晴れた日に 2

 

 

 

その日も快晴だった。
煌く陽光、微かにそよぐ植え込みの若葉。
その景色の中、水を撒くその麗人は。
完全武装だった。
ホームセンターで揃えた作業着とゴム黒長靴。
「…なぁ、アニキぃ、スプリンクラー使おうぜ〜?」
啓介は相変らずサンルームの籐の安楽椅子に怠惰に座って言っているのだから筋合いではない。
「一緒にビデオ見ようぜ〜、ビデオ〜」
次の遠征コースのビデオテープをかたかたと鳴らす、子供っぽさ。
「もう少しだから。待ってられないのか?」
「やだー。待てないー」
「……………」
駄々っ子め。
そう内心の擽ったい気持ちに涼介は首をすくめた。
さすがに晴天の下、広い庭での長時間立ち続けは疲れてきていたところだった。けれど、ここからやろうと思っていた先はスプリンクラーの水の円から外れる箇所なのだ。
……どうしてくれよう。
啓介は待ちきれないと全身で表すために、がたがたと安楽椅子を揺らしている。
あり余っている元気を使わないという手は、ない。
「啓介」
啓介の大好きな満面の笑顔で振り返って、一旦手元のノズルを捻って水を止める。
サンルームの前、コンクリートのタタキに向かい、水を撒いていない一箇所を指し示した。
「着替えて一緒にビデオ見てやるから、着替える間、あそこだけお前が水撒いてくれないか?」
どうだ?、と小首を傾げると案の定、勢い良く頷き返してきた。
「わかったー。五分もかかんねぇよ」
入れ替わり涼介が中に上がり、啓介が外に出ようと椅子から立ち上がる。
脱いだ長靴を指差し、
「啓介、長靴貸そうか?」
「別にいいや。すぐ終わるし」
そう言って啓介がサンダルに脚をつっかけた途端。
「……啓介?」
固まった弟に不審の声を掛ける。
「……っ……、ぎゃーっ!!」
喉の奥に詰まった息を吐き出すような、絶叫。
「啓介っ?!」
驚いて駆け寄った涼介が見たのは、タタキにへたり込んだ啓介と、投げ出されたサンダルと、身を守るために丸くなって転がった毛虫。
「アニ、アニキ…っ、むにゅって、ザワって、〜〜〜したーっ…!!」
何とかその衝撃を伝えようと両手をぎゅ、と握り、わたわたと腕を振る。そのすぐ傍を毛虫があっという間に逃亡する。
「すげ…、鳥肌たってるしっ!」
「それは見てるからわかる。足、どこに触った?」
混乱する啓介を宥め、手を取って急いで浴室へ引っ張って行く。
「?」
「洗い流すから、どこだって聞いてる」
「! 足、足の甲っ」
ばたばたと廊下を駆ける。広い家がこんな時には仇となる。
「右? 左?」
「みぎー!」
脱衣室のドアを開け放し、浴室のドアを開けシャワーヘッドを掴む。
涼介は立たせた啓介の右側に膝をつくと、水のコックを捻った。
「啓介、肩、つかまって」
「う、うん」
右足を取ると自分が濡れるのも構わず、水をかけた。
洗い流しただけでは気に入らなかったのか、手近のソープトレイから石鹸を取り出すとスポンジも用いず手の中で泡立て、啓介の右足を足首から裏、指の間と丁寧に洗う。
「!」
まるで召使われるような涼介の仕種に感動している間もなく、足の甲がムズムズしてきたのを啓介は感じた。
「…あの、……アニキ……」
「何だ?」
「…せっかくだけど…」
「?」
「…もうカユいカンジ…」
「え?!」
啓介の言に慌てて泡をシャワーで流す。
「……啓介、お前………体温高いから……」
溜息混じりに呟いた涼介の視線の先は。
「…何だよ…体温関係あんの?」
赤くなった足の甲。
「ある。コドモは虫にさされやすいし、すぐ痒くなる。体温高いから毒が回りやすい」
「何それ?! またコドモ扱いー!!」
「長靴貸してやるって、言ったのに……」
もう一度溜息をつくと涼介はキレイに石鹸の残滓を洗い流し、脱衣室に置いてあるタオルで足を拭くように指示した。
二階へ上がり着替えをしてリビングへ戻ると「コドモ」発言にむくれているらしい啓介がオキシドールを危なっかしい手付きで塗っている所だった。
「啓介」
「………何?」
「それはもう虫刺されの軟膏塗ったほうが正解」
「これから塗ろうと思ってたの!」
その返事の仕方がコドモだというのだ、と心の中で思ったが。
「けいすけ」
幼い頃拗ねた啓介を宥めた時の声音で名前を呼び、啓介の座っているソファの足許へ膝をついて目を覗き込んでやった。
「俺が薬、塗ってやるから。一緒にビデオ、見るんだろ?」
う〜、と暫く啓介は唸っていたが、最後にはおとなしく、こくり、と頷いた。
軟膏を指先にとって啓介の足に優しく塗り、その後ソファに並んでビデオを見ながら涼介が思ったコトは。
……しまった、結局あの箇所の水撒きは自分でやってしまったほうが手間がなかったんだな…

 

 


 

<コメント>

すみません……遅くなりました…。
一部実妹体験談です。晴れた日に風をいれようと玄関を開けておいたのですよ。
妹ったら出かける用事があったのでパンプス出しっぱなしだったのです。
「じゃ、いってきまーす」と言ってパンプスに足を入れたが地獄。
その中にはいつの間にか開けっ放し玄関から遣って来た毛虫ちゃんが潜り込んでいたのです。(寒)
家中に響き渡る悲鳴を発し、妹は洗い流すために浴室へ疾走してゆきましたとさ。

 

 

>仁礼麗子さまよりいただきましたv

いつもありがとうございますv しかし、麗子さんも妹さんも災難でしたね……。

今度のプロD遠征地、@峰峠は両側桜並木。今頃の時期にはさぞかし毛虫も多いのではないかと。兄を連れこむなら路肩の暗がりではなく、ボンゴの中にしときなさいね、啓介(笑)。

 

我が家では以前、猫が取ってきたねずみが逃げ出して、翌朝父の靴の中から発見されたことがあります。

父いわく、「靴を履いて1歩外に出て、なんか靴に詰まってるな、と思って靴を脱いで逆さに振ったらコロン、と出てきた」とか。ちなみに父の足もねずみも無傷で、ねずみは慌てて逃げていったそうです(笑)。

 

 

今回もおまけ付きです。オープン可とのことでしたので、下の「おまけ」からどうぞv

 

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