祭りと任務と彼と嘘

  

  

「マイクロトフ……お前が任されたのは、駐禁だといったよな?」
「だから、接吻(ちゅう)をしている恋人をみかけたら、取り締まるのだろう!」

何度もいわせるな、そんな恥ずかしい真似ができるか! となかば怒鳴りつけるように吐き出され、ぼうぜんとしていたカミューは、なおも「破廉恥な‥‥」とか「騎士の誇りにかけて、そのような真似は‥‥」と言い続けるマイクロトフを見ているうちにようやく彼のいっている意味を理解した。
つまりは‥‥

「祭りで羽目をはずしている恋人達に、注意を促す任務というわけだね」

ようやく合点がいったカミューに、その通りとばかりにこくこくと首を縦に振るマイクロトフに、ちょっと気の毒に思いながらも確認する事にした。

「ところでその任務の内容だが‥‥誰が指示したんだい?」
「班長だとさっきいったろう」
「いや、駐禁がキスの取り締まりだという説明だよ」

口元に握りしめた拳をあてて考え込んだマイクロトフは、しばらくしてポン、と手を打った。

「カミューだ」
「へ!?」
「あの授業の前後1週ほど、俺は流行りの病で寝ていたからな。 いろいろ教えてくれてカミューには感謝しているぞ」

マイクロトフの言っているようなことが見習い時代にあったのは、カミューもすぐに思い出した。
多少の体調不良なら決して表にださず訓練に参加する上、もとよりかなり優良な健康体であるマイクロトフが訓練や授業を連続で休むことなど滅多になかったのだから。

命にかかわるような重い病ではない。

しかし、常に健全な肉体を持つことを主義とする騎士団全体に病が広がるのは、決して許されないことである。

結果として、見習いの一部の者がまず感染し一部の見習いと正騎士に伝染した後は城の端に簡易病棟が設置され、病が完全に治るまで症状のでたものは外出禁止をいいわたされたのだ。
部屋に戻って数日間、遅れた分をとりもどそうとするマイクロトフに毎夜彼が休んでいる間に学んだことを教えていたことは覚えている。
だが、そんないい加減なことをいった覚えは…………………………
あった!

 

「カミュー、この駐禁というのは、どんな任務なのだ?」

「ああ、これ……主に大きな行事で街が賑わっているときの任務だね。祭りとか、大がかりな遠征の出陣式とか」

「「禁」というからには何かの取り締まりのようだが」

「そのとおり」

「しかし、このチュウというのはどういう意味だ? まさか騎士が網を持ってネズミ捕りはないと思うが」

「……そんなことより、マイクロトフには厳しい任務だと思うよ」

「なんだと、どんな危険な任務でも騎士たるもの、ひるまず立ち向かうべきではないか!」

「そういうのじゃないんだよ、「チュウ」っていうのはね……」

 

騎士になるための大切な教えについてマイクロトフに嘘をつくなんて考えられなかったけれど。
素直な彼があまりにかわいかったから一つくらい、とちょっと悪戯心が芽生えたのだ。

すぐ冗談だと真実を教えるつもりだった。

けれど。

見習い時代の訓練と勉学の日常は忙しすぎて。

 

うっかり、訂正する機会を得ないまま、いまの今まですっかり忘れていたのだった。

「カミューなら、こういう任務はなんとなく得意そうな印象があったので、気付くとここまで来ていたのだ」

一部気になる言葉もあるけれど殊勝に「自分の任務でカミューを煩わせるなんてできるわけないのに、よっぽど焦っていたのだな」とまでいわれてしまうと「実は冗談でした」などと言いだせるべくもないわけで。
だいいち、もうあれから3年はたっているのだ。

「まあいいじゃないか、今日ははじめての任務なんだし、一緒に任務につく先輩たちについていけば」

そんな甘えたことはできない、という真面目な彼にこんな場所まで他団の騎士に頼りにきておいて今さらだろうとからかうようにいうと、「う……」と言葉につまってしぶしぶ了承した。
それに。

「さっきのキスでマイクロトフも後ろ暗い事実ができたわけだし」
「カミュー!」

共犯だからね、と笑いかけると来た時よりも真っ赤な顔なった彼は、何かいおうと口を開きかけ、結局何も言葉にできずに小さく「帰る」と呟いて元来た道を駆け出していったのだった。

○ ○ ○

  

翌日。

先輩騎士から真実を知ったマイクロトフが逃げ回るカミューを追い回す姿が、城下のあちこちで目撃されたという。

 

■END■

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