祭りと任務と彼と嘘
マイクロトフは悩んでいた。
これが勤めでなかったら、投げ出してしまっていたかもしれない。
だが、彼の中の強い責任感と騎士としての矜持が、かろうじて足をその場に留まらせていた。
「困ったことになったんだ、カミュー!!!」
そういってマイクロトフが駆け寄ってきたのは城下の一角、現在行われているロックアックス豊穣祭の警護にあたる、カミューも含めた騎士が集う仮詰め所の前だった。
ちょうど今夜の前夜祭の準備で、街は早朝といってよい今の時間帯からざわついている。
この仮詰め所もまた、例外ではない。
祭りというものはとかく騒ぎが起きやすい。
交易商など外部からの訪問者は関所で身元と荷を確認されるが、それでも万が一ということもある。
また、マチルダにも少数ながらいるとされる盗賊集団や、どの街にもかならずいるごろつき、ならずものや羽目をはずした酔漢にも油断ならない。
赤騎士団第三部隊に所属されたばかりの新人騎士であるカミューも、本日の警備要員として駆り出されている1人だった。
本来、城下の警備を担当するのは赤騎士団である。これに対して白騎士団は政治および城内の警備を統括し、青騎士団は領内の魔物討伐や国境などの警備の任を担う。
しかし、国境に目立った動きがない現在、祭りのための警備には通常の警備要員である赤騎士団のほかに青騎士団の約半数が駆り出されることとなっている。
カミューと同期の新人騎士であるマイクロトフもその半数に含まれていたはずだ。何か警備でまずいところがあったのだろうか?
それにしても、彼のあわてぶりは常の彼らしくない。「まあまず落ち着け、マイクロトフ…」
「これが落ち着いていられるか、カミュー!!」カミューの言葉が終わらないうちに、走りづめできたせいか顔を赤くした親友は肩で息をしつつ話を続ける。
「おれは…、今からの交代要員として城下の巡回に……あたることになった」
息を途切れさせながらやっとというように話始めた内容は、当の本人から昨夜聞いたことだ。
「ゆうべ聞いただろう」
「その任務の内容なのだが‥‥‥」らしくなく俯きながらぼそぼそと続けるが、聞こえない。
何度も促すと、ようやくきけた言葉は、「班長は、俺に‥‥‥‥‥‥駐禁の取り締まりをやれというのだ」
だった。
「そうか」
駐禁‥‥‥駐車禁止は、文字どおり違法駐車を取り締まることだ。
祭りでにぎわう時期のロックアックスは、遠方からくる商人や観光客で大きなにぎわいをみせる。
彼らの乗る馬、馬車や荷を運ぶ車などもかなりのものになるため、そのままではロックアックスの岩山につくられた路は、すぐふさがれてしまう。
これらを適切に誘導し、かつ不審な者を確認するという意味でも重要な役割である。
あまり大きな危険がないということと、とにかく人手が必要なことから、この任務は新人騎士に当てる事が多いと聞く。
ひょっとしてマイクロトフは、その任務の最中に困った事が起きて、ここに増援を要請に来たのだろうか。
それにしては、なかなか核心をいってこないのが不思議だが‥‥。「それで?」
「‥‥それが問題なのだが」
「それ、とはなんだ? はっきりしないなんて、おまえらしくもない」
「だ、だからちゃんといったではないか! ちゅ‥‥駐‥禁が」
「‥‥‥‥‥‥まさかと思うが‥‥、駐禁の取り締まりができないというんじゃないよな?」半ばからかう気分で口にした一言だったが、とたんに身を竦ませたマイクロトフに核心をついたと知って意外な感じがした。
彼は、見知らぬ商人だろうと年輩の権力者であろうとルール違反には遠慮しない。ときに素直過ぎる程実直に相手に対峙する姿勢は、ときに無類の好感をもたらし、あるときは純粋故の煙たさを抱かせる。
彼はたとえ苦手な仕事だとしても、それが任務であればめったな事でなきごとをいわず、まっすぐ向かっていく人間だ。
その彼が、たかが‥‥といってはなんだが、駐車違反の取り締まりごときで他団のカミューに助けをもとめてくるなんて。「マイクロトフ‥‥騎士として、与えられた任務には全力を尽くすこと、それがどんなことであっても」
「‥‥‥‥」
「それが、騎士になったときのお前の誓いだったよな」
「ああ、よく覚えている」
「そんなお前が、任務の内容が苦手なものであるから拒絶したいというのか?」カミューの問いかけに、ハッとなって真摯を帯びる濃紺の瞳。
カミューのよく知る。信念を形にしたような深い青がまばたきし、何かを考える色になった。
が、数瞬後、それは激昂の表情になり、
そのままカミューの両肩をしっかり掴み、顔を間近にして彼は叫ぶように宣言した。「だが……騎士だからこそ、俺は、こんな任務は我慢がならんのだ!」
うっすら涙をためた瞳が至近距離にある。
ふいうちのそんな仕種に思わず体が動いた、という理由は自分でもかなり嘘くさいと思うが、真実だ。
自然な動きでカミューはマイクロトフの唇にそっと接吻けていた。すぐ顔を離したカミューに一瞬遅れて、ものすごい勢いで後ずさったマイクロトフの態度は半ば予想していたものだった、が。
「俺達が取り締まられる側になってどうするというのだ!」
という彼の抗議の叫びは、まったくもって予想し得ないものだった。