第二輯


第十一回

旧情西を慕ふて阿夏起行す
(きうじやうにしをしたふておなつかしまたちす)
遠謀程を警めて福富贐を分つ
(ゑんぼうみちをいましめてふくとみはなむけをわかつ)
 福富大夫次は、嘘真取り混ぜた阿夏の話を聞いて、春まで母子を逗留させることにした。珠之介は鷲津爪作、日高景市とたちまち仲良くなる。ある日酒宴の余興で琴を弾いた阿夏は、その才能を買われ、黄金の琴の師匠に改めて迎えられる。珠之介は爪作、景市とともに傅燈寺に手習いに通うことになった。
 しかしほどなく珠之介らは手習いを怠けるようになり、武芸に熱中し始める。阿夏から金を騙し取り、牧童を言いくるめて馬に乗り、また酒屋で酒食を貪る。ある日、傅燈寺裏の関帝廟で、珠之介、爪作、景市の三人は義兄弟の契りを結ぶことになった。年齢的に真ん中であった珠之介は、山賊の住処で得意としていた弓で雁を射て、兄貴分を獲得する。
 そして五年が過ぎた。大永二(1522)年弥生、阿夏は瀬十郎のことが忘れられず、十三歳となった珠之介を連れて周防へ向かうことにした。別れを惜しむ福富大夫次は、珠之介と黄金に兄妹の盃をかわさせ、また餞別に十両を与える。阿夏は大夫次の勧めにしたがって、道中の安全のために半分の五両を珠之介に持たせて、福富村をあとにする。


第十二回

憂苦訴難く泣て帰帆を俟つ
(ゆうくうつたへかたくないてきはんをまつ)
繁華親易く漫に遨遊を事とす
(はんくわしたしみやすくそぞろにごうゆうをこととす)
 阿夏と珠之介は、見送りの爪作・景市を久礼畑で帰して、浪速津から船に乗り、大永二(1522)年水月、周防の山口に到着した。宿の主人粟津屋祥八(あはづやさがはち)に陶瀬十郎の宿所を尋ねるが、知らないという。旅の疲れで倒れた阿夏は、捜索を珠之介に委ねるが、一向に進まなかった。彼は一日街で遊びくらしていたのだった。
 その後、陶瀬十郎というのは京での名乗りであり、現在は駿河守興房と名乗っていること、現在は左界の城に在城していることが判明した。すれ違いを怨む阿夏だったが、近々交代して山口に戻ってくるといううわさを聞き、帰りを待つことにする。
 葉月も終わりに近づき、もともと歌妓で身持ちの悪い阿夏の路用はついに尽きてしまった。阿夏は珠之介に預けておいた五両を出すように命ずるが、既に珠之介も金を使い尽くしていたのだった。


第十三回

垂柳橋に客婦絃歌を賣る
(いとやぎはしにたびめげんかをうる)
侯鯖楼に洛人旧妓を認る
(こうせいらうにらくひときうぎをみしる)
 路用の尽きた阿夏は、衣裳や髪飾りを珠之介に売りに行かせるが、珠之介はその売り上げの一部を掠めとって遊興につかった。しばらくして、陶瀬十郎の守っていた左界の城が細川高国の勢力に攻め落とされ、瀬十郎は討死したという情報が届いた。阿夏は悲嘆に暮れるが、この窮状をしのぐために、珠之介を祥八夫婦の使い走りとし、自分は三絃をもって街に出ることにする。阿夏と珠之介はたがいに罵り合いながら日を暮す。
 そのうち、柳町にある料亭・侯鯖楼で、阿夏は歌妓として住み込むようになる。そしてその年は暮れ、大永三(1523)年の正月、二人の武士が侯鯖楼を訪れ、阿夏をあがらせた。そして帰りにその中の一人が、あるじを呼び止るのだった。


第十四回

苦雨初て霽て残花春に遇ふ
(くうはじめてはれてざんくわはるにあふ)
楽地空しからず赤縄更に繋ぐ
(らくちむなしからずせきじやうさらにつなぐ)
 侯鯖楼を訪れた武士は、日野西中納言兼顕の侍、辛踏旡四郎だった。顔瘡(ふきで)を病んで容貌が変わったため、阿夏は気がつかなかったのだ。じつは旡四郎は昔から阿夏に懸想していており、主命で赴いた山口で偶然阿夏とであって、十年来の恋心が復活したのだった。この山口への使いを最後に、故郷の陸奥へ帰るつもりだった旡四郎は、共に陸奥に帰ろうと阿夏を口説く。瀬十郎が死んだことで、もはや断る理由も無くなった阿夏は、珠之介を京の日野西中納言の元に遺して、二人で陸奥に行くことに同意し、旡四郎を受け入れる。


第十五回

青[虫夫]厄を釈て子母故郷に還る
(せいふやくをやくをときてしぼこけうにかへる)
黄門情を察して艶童西家に留まる
(くわうもんじやうをさつしてゑんどうさいかにとどまる)
 辛踏旡四郎は、共に来ていた萬里小路の使者を仮病を使って先に帰し、次の日に阿夏と珠之介を迎えとり、阿夏たちの粟津屋での借金を完済する。旡四郎は二人を連れて京に戻った。復命した旡四郎は、阿夏と珠之介を日野西中納言兼顕と会見させ、珠之介を兼顕に仕えさせようとする。主の使いに立ちながら女性を伴って帰ってくるのは大いなる越度で、さらに身を振りやすくするために主に子供を預けるというのは言語道断なことであったが、兼顕は、旡四郎の願いどおりに帰郷を許し、珠之介を預かることにする。


第十六回

三碗の清茶暗に元盛を動す
(さんわんのせいちやあんにもともりをうごかす)
一箇の湯銚克く国友を悦しむ
(いつこのふろかまよくくにともをよろこばしむ)
 阿夏は、珠之介に見送られながら、辛踏旡四郎にしたがって陸奥へと旅立っていった。「旡四郎阿夏等が事。話是下になし。」
 珠之介は兼顕の邸で諸礼を習い、その優美さに磨きをかける。兼顕はしばらく召し使うが、その怜悧さ、美しさの裏に隠れた弁佞さ、冷酷さに気がつき、珠之介を管領細川高国の権臣、香西元盛(かがにしもともり)のもとに預ける。
 元盛は珠之介を始め高国に献じて、弟柳本国友(やなぎもとくにとも)に対抗しようと考えていたが、結局男色に惑わされて自らの龍陽にする。珠之介はその寵愛をたてに、権勢を増す。
 そうして三年が経った。大永五(1525)年卯月。管領細川高国は、厄年を理由に出家し、松岳道永(せうがくどうゑい)と号した。その酒宴において元盛が、柳本国友に辱められたことをしった珠之介は、兄弟不和の原因が、珠光の名物湯銚・遠山松をめぐる争いにあることを聞く。珠之介はその遠山松をもって国友と和睦し、左界の城を得ることを進言し、自ら使者として柳本に向かう。


第十七回

狡豎利を説て季孟を和ぐ
(こうじゅりをときてきまうをやわらぐ)
墨吏勢を屓て役夫を屠る
(ぼくりいきほひをたのみてえきふをほふる)
 珠之介は柳本国友と会見した。珠之介の利を誘う説得と秘蔵の名器・遠山松の効果で元盛との和睦が整う。
 その後元盛は高国に進言して、三好との和睦をすすめる使者として出発する。道中で権威を振りかざす元盛と珠之介。そして乗船場所の尼崎において、珠之介は城主の御用で車を引く人夫に斬りかかり、騒動になる。逃げ帰った珠之介の口舌を信じた元盛は、軍勢を出して車を焼き払ってしまう。尼崎の城主で高国の従兄弟の右馬介尹賢(うまのすけただかた)はこれを恨み、元盛を亡ぼす計画を立てる。


第十八回

讒を信して道永嬖臣に誓ふ
(ざんをしんしてどうゑいへいしんにちかふ)
怨を秘して尹賢香西を陥る
(うらみをかくしてただかたかがにしをおとしいる)
 尹賢の計画を知った家臣、矢野宗好(やのむねよし)は、三好勝時の花押を真似て、香西元盛あての偽文書を作る。偸児(ぬすひと)を使者に仕立て、高国と会見した尹賢は、元盛の内通を信じこませることに成功し、捕縛の許可を得る。
 元盛は三好元長(みよしもとなが)に門前払いを食ってしまい、和睦の計画は完全に破綻したため、室の津を経て帰る。しかし尼崎に帰帆した元盛一行を待っていたのは、尹賢の部隊だった。なんなく元盛は討取られ、珠之介は海に飛び込んで逃れた。
 尹賢は偸児の口を封じ、高国に見参する。国友は高国からの誓詞によって罪を問われなかった。そして入水した珠之介は、ある浜辺に流れ着いた。大永五(1525)年五月の初旬のことである。


第十九回

茂林社に悪少捕らる
(もりのやしろにあくしようとらへらる)
三石の城に叔[イ至]再會す
(みついしのしろにしゆくてつさいくわいす)
 珠之介が流れ着いたのは、備前国三石の浜だった。疲れて森の中の弁才天で眠っていたところを雑兵に捕えられた珠之介は、城主の前に引立てられ、拷問を受け素性を明かす。そののち城主と二人だけで対面するが、珠之介の言葉を信じない城主は、怒りのあまり刀を抜く。
 しかしそれは珠之介の心を試すためだった。城主は実は陶興房だったのだ。眉上の黒子と手の入黒子を確認し、二人は叔父甥としての再会を果たす。興房は左界での敗戦のあと備前に流れ着き、大内にも京都にも近い浦上家に抑留されていたのだった。興房は主君への忠義から、珠之介を引き取らず、武蔵の扇谷朝興(あふぎがやつともおき)のもとに仕官させることにする。末松珠之介は興房から教訓を受け、末朱之介晴賢(すえあけのすけはるかた)の名をもらい、武蔵国河踰(かわごえ)に向かう。


第二十回

享禄の役君臣乱離す
(きやうろくのえきくんしんらんりす)
鷹捉山に晴賢麑を逐ふ
(たかとりやまにはるかたかのこをおふ)
享禄の役:香西元盛を謀殺した右馬介尹賢は、謀略を知る矢野宗好の毒殺に失敗し、元盛の兄・波多野稙通(はたのたねみち)のもとに逃がしてしまう。事実を知った稙通は、弟柳本国友とともに、叛乱を起こす。時を得た三好元長は、足利義維、聰明丸(そうめいまる:のちの細川晴元)を奉じて京に攻め上り、高国と将軍義晴を近江に追い落とす。その後享禄三(1530)年に国友、矢野宗好が死に、その翌年浦上宗村、高国が敗死する。
 末松珠之介あらため末朱之介は、河踰で扇谷朝興に仕官し、近習として寵愛され、またしても権勢をふるった。そして享禄元(1528)年、十九歳となった朱之介は、朝興の命を得て、黙契禅師(もくけいぜんし)に寺を開いてもらうため、沙金五百両と白布二百反を持って、大和国に向かうことになった。
 大和国六田川についた朱之介は、黙契の庵を訪ねるが、喝食に化けた禅師に追い返される。従者杖月乃介(つゑつきのすけ)と坊二郎(ばうじらう)を残してその他の小者を武蔵に帰し、禅師にあえないまま逗留を続ける朱之介は、そのつれづれを慰めるため、鷹捉山に狩りに行くことにした。坊二郎とはぐれ、夜を迎えた朱之介は、女子の叫ぶ声を聴いて、小松の繁る岡にひそみ、様子を窺う。

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