第三輯


第二十一回

猟箭を飛して晴賢麗人を拯ふ
(さつやをとばしてはるかたれいじんをすくふ)
妖獣を追ふて直行少年に遭ふ
(えうじゆふをおふてなほゆきしようねんにあふ)
 朱之介は、二匹の妖獣を射殺し、捕われていた少女を助ける。彼女は上市に住む斧柄(おのゑ)という女性で、杣木の落葉(そまきのおちは)という寡婦の娘だった。明け方になって、村から武士の安保箭五郎直行(あぼのやごらうなおゆき)ら、捜索隊がやってきて、朱之介は事情を告げてともに上市に向かう。
 落葉は朱之介に感謝し、懇ろに歓待する。斧柄は落葉の姪にあたり、落葉が二十年ほど前に婚家を離れて兄の元にいる間、兄と兄嫂がともに流行病で死んだため、斧柄を育てることになったのだった。


第二十二回

上市郷に斧柄恩人を倡ふ
(かみいちのさとにおのゑおんじんをいざなふ)
奇偶を感じて落葉姪女を妻はす
(きぐうをかんじておちはてつじよをめあはす)
 落葉の身の上話を聞いた朱之介は、自分の素性も明かす。もと末松姓であるときいた落葉は、末松木偶介の親類かと尋ねる。実は落葉はその木偶介の先妻で、小夏(本名は乙柚(おつゆ)といった)の母であったのだ。奇縁を感じた落葉は、朱之介に斧柄を妻とするように勧める。斧柄も承諾し、たまたまやって来た箭五郎を媒酌人として、縁談が成立する。
 朱之介は六田の旅亭に帰り、坊二郎と乃介に婚姻を知られないように休暇を与える。次の日箭五郎の仲人によって、婚姻の盃が交わされる。これより朱之介は杣木の家で暮すようになる。しかし斧柄の折り目正しさ、洞房の間の趣の無さ、落葉のよそよそしさに辟易し、折を見つけては箭五郎の宿に行くようになっていた。


第二十三回

知母補益して遠志を奨す
(ちもほゑきしてをんしをはげます)
車前に效を論して当帰を留む
(しやぜんにこうをろんしてたうきをとどむ)
 朱之介は斧柄と結婚したが、日陰の花婿であり、落葉も斧柄とも気質が全く合わないため、病坊の安保箭五郎の宿所にたびたび通うようになっていた。箭五郎の妻・奥手(おくて)も交えて酒を飲み、杣木の家の堅苦しさを愚痴る朱之介。盃を酌み交わしながら、ついに猜拳(けん)で遊ぶようになった二人。ここで箭五郎が、賭物を出すことを提案し、奥手を賭ける。たいして朱之介は七両二分を出し、勝負をする。朱之介は瞬く間に敗れ、さらに続けて二十二両も失ってしまう。しかし箭五郎が眠っている間に、奥手に誘惑された朱之介は、竹薮で情を結んでしまう。
 これに味を占めた朱之介は、その後も箭五郎に猜拳に負け続けながらも、奥手と姦通を続け、ついに沙金以外のすべての金を失ってしまう。ある夜、杣木の宿所に帰った朱之介は、斧柄と落葉に君命を忘れた不行跡を咎められ、大いに反省する。落葉に路要を用立ててもらった朱之介は、休暇を終えた乃介、坊二郎と連れ立って武蔵に帰国を決意し、次の日の夜、箭五郎と奥手だけに帰国を告げて出発した。しかし明け方に難所・車野にさしかかったところで、乃介と坊二郎が相ついで何者かの矢によって殺されてしまった。


第二十四回

直行悪方加減を恣にす
(なおゆきおくはうかげんをほしいままにす)
晴賢竊嘗て中毒に駭く
(はるかたぬすみなめてちうどくにおどろく)
 乃介と坊二郎を射殺したのは、安保箭五郎だった。なじる朱之介に箭五郎は、このまま武蔵に帰っても罪を受けるだけだから、口封じのために殺したのだと説く。箭五郎の狙いが自分の路用であることに気づかないまま、その話に納得した朱之介は、二人の死体を竹薮に隠し、箭五郎の宿所に匿われたまま、享禄二(1529)年の正月を迎える。
 ある日、箭五郎は楊弓を買ってきて、朱之介に勧める。郷士の子、二尾復四郎弘澄(にのをのまたしらうひろずみ)も交えて、三人は賭弓に興じるが、箭五郎の細工のせいで、朱之介と復四郎は負け続ける。
 そのうち復四郎の親・加賀四郎(かがしらう)は、息子の放蕩に気づき、復四郎を座敷牢に入れため、賭弓は取りやめとなる。その後、箭五郎が平城(なら)に出かけた隙を狙って、朱之介はまた奥手と情を結ぶ。ところがそこに箭五郎があらわれ、二人は縛られる。


第二十五回

訟を聴て順政賊情を知る
(うつたへをききてじゆんせいぞくじやうをしる)
えんを陳て落葉恩赦を乞ふ
(えんをのべておちはおんしやをこふ)
 箭五郎は奥手と朱之介を縛めて、立野の陣所へと向かった。たまたま滞在していた大和の国主陽舜坊順政(やうしゆんばうじゆんせい)は、問注所で箭五郎の訴えを聞く。実は箭五郎と奥手は共謀して美人局をしていたのだ。奥手の偽証に驚く朱之介だが、路用を差し出し和解を申し出る。ところがかねてから加賀四郎の訴えを聴いていた順政は、箭五郎と奥手の策略を見抜き、二人とともに箭五郎をも捕える。
 この風聞を聞いた落葉と斧柄は、朱之介の助命を嘆願する。乃介・坊二郎殺害は暴露されなかったため、朱之介等は恩赦を受け、朱之介と奥手は罰杖三十、箭五郎は笞百で奥手とともに追放される。
 落葉に伴われ上市に戻った朱之介は、いままで剃っていなかった額髪をついに剃り、杣木の宿所でまめやかに家業を手伝いながら暮すようになる。


第二十六回

多金を齎して落葉女婿を遣る
(たきんをもたらしておちはむこをやる)
唐布を索ねて晴賢義弟に遇ふ
(たうふをたづねてはるかたおとぼんにあふ)
 東国からの音連れも無く、さらにもう一年たった。享禄三(1530)年如月。落葉は朱之介を呼び、更正の甲斐あって禅師が庵に帰っていることを告げる。そして朱之介の使い残りに不足分を加えて、唐布と砂金を得るため京都に向かうように言う。朱之介は感謝しながら落葉の説教に辟易しつつ、妊娠している斧柄を残して京都に出発する。
 京に到着した朱之介だったが、兵火に荒れた京では唐布は売っていなかったた。しかし左界の浮宝屋(うきたからや)という豪商の情報を聞き、そこに向かう。唐布の納入を待つため、主人・船積荷三太(ふなつみにさうた)の居宅に逗留した朱之介は、そこで偶然義弟、日高景市に再会する。盃を酌み交わしながら、朱之介は今までの出来事を包み隠さず語る。また景市も、近江の福富家の没落を語る。
景市の話:珠之介(朱之介)と阿夏が福富家を去って五年後、福富家の屯倉は死去し、その次の年(大永7(1527))、腰痛を治療するため信濃国筑摩の温泉に赴いた大夫次は、年齢三十五六の金剛禅(すげんざ)と知り合う。二十歳くらいの美女と、二人の女童を従え、金銀の盃盤器物を使って豪遊する金剛禅に興味を持った大夫次は、その理由を尋ねる。彼は舌偸(くわつゆ:偸の人偏はなし)道人といい、鍛金煉銀の一法で金に困らないのだと答え、実際に一両の金を十両に増やして見せる。ただ黄銅と水銀を水増ししたに過ぎないのだが、すっかり騙された大夫次は、さらに金を増やすため、舌偸を福富村の自分の邸宅に招く。


第二十七回

仙術を示して舌偸哄騙す
(せんじゆつをしめしてくわつゆこうへんす)
丹鼎を戍りて福富指を染
(たんていをまもりてふくとみゆびをそむ)
 日高景市の語る福富大夫次の話の続き:
 さて大夫次は、舌偸とその側室小槌(こつち)らを伴い、福富村の宿所に帰る。舌偸を大いにもてなした大夫次は、舌偸の指示に従って煉金術の炉を土蔵に作り、そこに母金の千両を入れる。六十四日間、火を絶やさないように、信頼できる小者仁八・三五郎(にはち・さんごらう)らを見張りにつけ、彼ら以外を炉から遠ざけた。
 ある日舌偸は、飛脚から母親の病気を知り、大夫次に不浄を戒めて、小槌らをおいて北白川に戻ることになった。しかしかつて阿夏にも手を出さなかった大夫次は、この時ばかりは小槌の美しさに回春の情を起こし、ある夜小槌に迫り、本意を遂げ、不浄もいとわず小槌に溺れる。そしてついに煉金術の成就の日を迎え、舌偸も戻り、炉が開く。


第二十八回

姦を詰りて有験観爐を破る
(かんをなじりてうげんくわんろをやぶる)
慾に耽りて大夫次家を亡す
(よくにふけりてたいふじいへをほろぼす)
 舌偸は炉を開くが、丹鼎は破れ、千両の母金は消えていた。疑いの目を向けられた大夫次は小槌との密通を白状し、密夫の首代・七両二分を舌偸に渡すが、舌偸はそれを二百両までつり上げて、福富村を去る。
 次の日突然、領主佐々木氏の陣代、捉山柴太郎玄縄(とりやましばたらうはるつな)がやってきて、福富邸を捜索し、大夫次を捕える。じつは舌偸は本名を鐡屑鍛冶郎(かなくそかじらう)といい、もと川角頓太連盈の一味で、近畿の豪農富商を騙していたのだった。
 福富家の嫁阿鍵は、恩赦を懇願するため、鷲津爪作に金を授け観音寺に赴かせるが、爪作はそれを抱えたまま逃亡する。舌偸の行方を捜しに白川に向かった老僕小忠二(こちうじ)も、手ぶらで帰ってくる。結局大夫次は獄中で死に、福富家の財産はすべて没収され、残る下僕は小忠二と景市だけになった。阿鍵は小忠二とささやかな店舗を開き、黄金と景市は叔父にあたる左界の船積荷三太のもとに遣わした。
馬琴の解説:大夫次は蛇を探って五色の玉を得、それから栄えるようになったが、舌偸に謀られて没落した。舌偸は虫偏をつけるとなめくじを意味し、蛇が嫌うものであった。また舌偸の本名鐡屑鍛冶郎の鐡も、蛇の嫌うものである。


第二十九回

諌を遺して景市西都に赴く
(いさめをのこしてかげいちせいとにおもむく)
璧を分ちて黄金東行を[受辛]ふ
(たまをわかちてこかねとうこうをいろふ)
 船積荷三太のもとに寓居した黄金は、その年(1527年)十二月、荷三太の息子桟太郎(さんたらう)に娶わせられ、豪商の嫁となる。桟太郎は荷三太の本妻・雄波の腹であるため、先に生まれていた城蔵(しろざう)を差し置いて跡継ぎにされていたが、知的障害者であり疱瘡を病んで顔が醜いため、黄金は非常に不満な夫婦生活を送っていた。

 こうして朱之介と景市の長話は終わった。景市は朱之介と大夫次、二人の美人局を評して、奥手は実情があり、猫が主人のために鼠を捕って食うようなもので、もとより主人のためながら、自分も好みであった、それに対して小槌には実情が無く、猿が狙公の為に踊るようなものである、といい、色情のために失敗した朱之介と、貪欲のために没落した大夫次との違いを解説する。
 現在荷三太と桟太郎が周防に出張していることをきいて、朱之介は黄金との面会を望む。景市は、彼と関係のある腰元・澳路(おきぢ)に橋渡しを頼んでおいて、周防にむけて旅立つ。
 次の日、朱之介は澳路の手引きで黄金と面会する。黄金は美しい女性に成長していた。二人きりになった隙を見て、朱之介は黄金に挑み、黄金もこれを受け入れる。主人は留守で、姑の雄波(をなみ)は目を悪くしていたため、二人はその後も澳路の助けを得て、密通を続ける。黄金は秘蔵の五色の玉のうち三つを朱之介に与え、誠心を示す。
 二人の密通を嗅ぎ付けたのは、留守を任されていた城蔵だった。澳路を恐喝して、懸想していた黄金と関係を持とうとしたのだった。黄金は恩義をちらつかせ、澳路と臥房を交換することを強要し、その禍を避けようとする。


第三十回

閨門を関して荷三太客を逐ふ
(けいもんをとさしてにさうたきやくをおふ)
妓院に宿して朱之介禍に値ふ
(ぎゐんにしゆくしてあけのすけわざはひにあふ)
 こうして夜になった。黄金と澳路は臥房を交換しようとするが、澳路が雄波の肩たたきに呼ばれたため、計画は破綻、その間に黄金は城蔵の夜這いを受ける。遅れてやってきた朱之介は、その事実を知り、代わりに澳路に夜這いをかける。
 互いに責められない立場にある城蔵と朱之介は、その後一夜替りに黄金の臥房に通うようになる。そうするうちに黄金の月経が止まってしまうが、なんとかなるだろうと気にしないでいた。
 ところが卯月二十六日、荷三太が突然帰ってきて、黄金と朱之介が同衾している所を目撃する。その場は穏便に退いた荷三太は、城蔵も共犯とは知らず、かれに朱之介を追い出すようにいう。城蔵は朱之介に、住吉の岸松屋に宿を替えるようにいい、朱之介はそれにしたがって左界を出る。
 住吉に向かった朱之介だが、岸松屋という宿屋は潰れており、隣に住む侠者・十三屋九四郎(じうさんやくしらう)のもとに逗留することになる。ある日九四郎は安芸の厳島に出かけることになり、朱之介は彼の妻・乙藝(おつげ)に金を預けて逗留を続ける。そのうち九四郎の子分と親しくなった朱之介は、連れ立って乳守の里の柳巷に向かう。しかし供は途中で帰ってしまい、朱之介は一人で浮世袋屋という名楼に入り、今様(いまやう)という名妓を上げる。ところが今様は、朱之介が熟睡した隙に、彼の脇差しを喉に突き立てて自殺してしまう。このために朱之介は殺人の濡衣を着せられ、獄舎に繋がれてしまうのだった。

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