「南総里見八犬伝」との共通点

 1814年。ヨーロッパではナポレオンの勢力が衰え、反ナポレオン同盟を組んだ列強諸国がパリへと迫っていた。そしてアジアでは、イギリスをはじめとする諸国の植民地侵略が着々と進行していた。そんな動きを加速し始めた世界情勢の中、日本は鎖国政策によって平和を謳歌し、爛熟した化政文化の中で、世情は浮かれきっていた。
 時はくだって1989年。ヨーロッパではソビエトの勢力が衰え始め、東欧諸国に改革派政権が次々と誕生していた。一方アジア・中国では天安門事件が起こり、改革派は弾圧されていた。そんな緊迫した世界情勢の中において、日本はバブル景気に酔い、その繁栄を謳歌していた。
 「南総里見八犬伝」「アイドル八犬伝」が誕生した時代は、それぞれこのような時代にあたる。すなわち「世界情勢の激変」と「それをよそにした日本の繁栄」というよく似た時代のなかで、一方は「武士としての立身出世」、もう一方は「アイドルとしての立身出世」というテーマを掲げた作品が、誕生したのである。

 ……とまあ無理矢理に共通点を探し出してみたが、それ以外はどう考えても「アイドル八犬伝」に「南総里見八犬伝」との共通点を見出すことはできない。同じ8人のキャラとはいえ、それぞれが武士として横並びに出世する「南総里見八犬伝」に対して、「アイドル八犬伝」のエリカ以外の7人は、エリカという主人公の出世を助けるための協力者でしかない(もっとも、主役を固定してその周辺を描く方法は、近代以降の八犬伝ものにおいては基本的な文法であるが)。ミラクル・ボイスの獲得や、あんこくイロモノ大王との闘いにおいても、「南総里見八犬伝」の影はいささかも感じられなかった。おそらくシナリオライターは、「南総里見八犬伝」を参考にしたことなど一度もないだろう

 しかしそのことが、「アイドル八犬伝」の価値を減じるものでは全くない。ぶっとんだシナリオ、ばかばかしいキャラクター、能天気な歌詞……それらの絶妙なバランスは、ファミコン時代後期の作品群にあって異彩を放っている。またギャルゲーとしても、エリカのころころと変化する表情やホシミやヤヨイなど、ファミコンの貧弱なグラフィックというハンデの中では、ずいぶんとよく表現されている。おそらく一般向けは決してしないだろうが、「アイドル八犬伝」の名は、マニアの間ではこれからも語り継がれることであろう。

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