小川智彦展


 まっすぐ続く二本のレールは一定の割合で幅を狭めて行き、地平線で一点に合するように見える。私たちは、透視図法などの遠近法を前提として世界を認識している。しかしそれは、十四世紀以降のヨーロッパで編み出された、空間把握の一つの方法にすぎない。江戸期以前の日本人はおそらく浮世絵や絵巻物のように世界を見ていたのだ。
 小川が出品したのは四点。いずれもイタリアの画家ジォット(一二六七―一三三七)の絵を画集からコンピューターにスキャン(入力)してプリンターで印刷した紙に、アクリル絵の具や漂白剤などを塗ったもの。写真は「哀悼」の一部をほぼ実物大に引き伸ばし、加工して制作した。
 ジォットは、複数の場面を一枚の絵に表現したり重要な登場人物を大きく描いたりといった中世的な描き方をやめ、透視図法などを取り入れて“リアルさ”を追求した、西洋絵画史上の革命家だ。別の言い方をすれば、ジォット以降私たちは、目の前にある絵が、平面上に展開された単なる幻影だということを忘れてあたかも奥行きのある現実世界であるかのように錯覚し始めたのだ。
 しかし今日、透視図法的な空間把握は、美術の世界では権威を失っている。展示された四枚の絵も、平面上の幻影を表しているだけだということを、無残にも露呈している。また、ジォットの元の絵にみられる剥(はく)落や退色が絵画の物質性を強調する。かき加えられた輪郭線も「これは幻影でしかないのだ」と言っているかのようだ。
 小川は「コンピューターの発展で、透視図法でない新しい見方が発明、あるいは発見されるのではないか」と言う。確かに小川の作品は、透視図法による世界認識を相対化する力を宿している。私たちがいま見ている世界に、ほかの見られ方をされる可能性が潜んでいるという考え方は、魅力的ではないだろうか。
 小川は一九七一年旭川生まれ、札幌在住。九一年から道展彫刻部門に出品、九六年、新人賞を受けた。
メp(や)
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 ―29日まで、札幌市中央区南15西17、フリースペース・プラハ。