展覧会の紹介

東京富士美術館コレクションによる
ヨーロッパ絵画 伝統の300年
芸術の森美術館(札幌市南区芸術の森2)
2001年9月8日(土)〜10月23日(日)

 「THE ART BOOK」(PHAIDON)という便利な本があります。世界の美術家500人を、アルファベット順に、1人につき作品図版1枚ずつ掲載したものです(最近、美術出版社から邦訳が出ました)。
 芸術の森美術館で開かれている「ヨーロッパ絵画 伝統の300年」は、16世紀に活躍したルーカス・クラナーハ、ティントレットから、19世紀のアングル、ドラクロワまで、50人の古典絵画・版画計85点を集めた展覧会ですが、その顔ぶれがすごい。50人のうち、いま書いた「THE ART BOOK」に28人が収録されているのです!
 いやー、道内でも時々、ヨーロッパの美術館から絵を借りてきて展覧会が開かれますが、目玉の数点以外はあまり聞いたことのない画家が多いですからねえ。こりゃ、札幌の人は見ないと損ですよ。
 そりゃね、すべてがその画家のベストってわけじゃないですよ、もちろん。でも、これだけの画家の実物を見られる機会は、道内ではめったにありません。

 で、個々の作品、画家については、図録に懇切丁寧に解説されているのでそちらに譲るとして、以下は筆者の雑談ですので、読んでもあまりやくには立ちません。
 「犬と小姓(騎士見習)をともなう二人の人物」のヴェネローゼは、ヴェネツィア派の巨匠。ルーブル美術館に代表作「カナの婚礼」があります。この絵は、ルーブルでも最もでかい絵で、いま手元に資料がないので正確な大きさは分からないんですが、筆者がこの絵を見たとき、住んでるアパートの部屋より広いのを知ってため息が出たのを憶えています。5メートル×8メートルとか、それくらいはあるんじゃないかな。普通の美術館なら搬入できませんよね。

 ルーカス・クラーナハ(父)「ザクセン選帝侯ヨハン・フリードリヒ豪胆公の肖像」は、今回の出品作でもいちばんなぞです。
 題の通り、肖像画なんですが、丸顔のとっつぁんぼーやがひげをはやしています。顔つきは、肉屋から転向したプロレスラーみたいですが、それにしては眠たそうな目でぼーっとしています。ほんとに王様だったんでしょうか。国民は幸せだったんでしょうか。そんなことまで心配しなくていいか。ドイツは、宗教改革の真っ最中で、けっこう争いが絶えなかったんじゃないかと思うんですけど。

 アルブレヒト・アルトドルファー「山岳風景」は、見たところどうってことない風景画ですが、西洋ではじめて人間の登場しない、純粋な風景画を制作した人だそうです。
 風景を描くというのは、ようするに自分自身を描くということですよね。つまり、この絵は、近代的自我の成立を示唆しているのだと思います。

 ピーテル・ブリューゲル(子)「雪中の狩人」。
 ブリューゲルという名の画家は何人かいますが、いちばん有名なのは、親父のピーテルで、その次に有名なのが、弟のヤンです。
 この絵は、親父の有名な絵を模写したものです。昔はもちろんグラビア印刷なんてなかったでしょうから、こういう模写の仕事というのがけっこうあったんでしょうな。親父の絵は、筆者の大好きな作品でして、死ぬ前に一度ウィーンで実物を見たいと思っています(でかい模写は、函館の画材屋さんにあったけど)。
 今回の出品作は、本物よりサイズもかなり小さく、バックで豚の毛焼き(焚き火ではありません)をしている人もなく、遠景の山もあまり険しくありません。いろいろ異なる箇所は多いのですが、いざどこが違うのか思い出してみると、案外思い出せないのは、肝心なところがよく似ているせいでしょうか。
 弟のヤンは、父や兄に比べると相当描写が細かいのが特徴です。

 ペーテル・パウル・ルーベンス「コンスタンチヌスの結婚」。
 ルーベンスって、どうしてこうくどいんだろうって、いつも思います。サーロインステーキ大盛り、みたい。ゴージャスすぎてゲップが出る。

 テオドール・ファン・テュルデン「ヘラクレスとオンファレ」。
 この人は「THE ART BOOK」に載っていません。
 この絵について補足します。右のオンファレという女性ですが、赤い服のすそをたくしあげています。これは西洋では、かなり性的な含意があるようです。胸の谷間を見せることよりも、ひざを出すことの方が、はしたないこととされていたようです。不思議ですけど。
 ヘラクレスといえば、強い男性の代名詞ですから、彼が女性に耳を引っ張られているというのは、ちょいと面白い図といえるかもしれません。

 ジャン=バティスト=シメオン・シャルダン「デッサンの勉強」。
 シャルダンといえば静物画です。人物が出てくる絵をかいてるなんて知らなかった^^; 
 図録によると、ここで男が模写しているのは同時代のフランスの彫刻です。この絵には「画家はもはや古代にさかのぼる必要はない」というメッセージがふくまれているそうです。
 現代に生きる私たちには想像もつかないことですが、芸術は古代のものが最高であってけっしてわたしたちが追い越すことができない―という考え方は、19世紀に至るまで根強くありました。一種の末法思想かな、違うか。

 ちらしに使われている「煙草を吸う男」のド・ラ・トゥールは、近年再評価が進んでいる画家です。
 それにしても大きな煙草だなー、と言うと、
「ヤナイさん、それは火をつけるためのたいまつか何かだよ。もうかたっぽの手にパイプ持ってるっしょ」
と同僚に言われました。わたしって、アホかしら。 

 ゴヤの版画集「ロス・カプリチョス」と「戦争の惨禍」は、まだ道立美術館がいまの北1条の道立文書館にあったころ、みた記憶があります。とりわけ後者は、戦争の悲惨さを鮮烈に描き、強く印象に残りました。

 ほかにも、クロード=ロラン、ライスダール、ヴァトー、ブーシェ、フラゴナール、ゲインズバラ、ターナー、ジェリコー、ドラクロワなど、有名どころがずらりそろっています。

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