最後に。
ここまで読んでくださった方々に心から感謝します。
この「クウガ」に対する思いを形にする・・という作業は困難を極めました。
とにかく「クウガ」に対する思いはあふれてとめどなく、まとまりきれませんでした。
圧倒的なこの物語の「熱さ」になにかしなくては。この気持ちはなんだろう?と思っていました。
放映当初、私はいい視聴者ではありませんでした。いまさらこの歳で・・。と思ったし、一話を途中から見た印象はかなり悪かったので。
友人の勧めで再度見始めた「クウガ」は私がここに書いた以上のものを持っています。
残念ながら私が文章として残せるのはこの程度ですが興味をもたれた方はビデオでの視聴をお勧めします。
さて、この「クウガ」のページを作ろう!と決めた訳があります。
放映を見て、何故こんなにひかれるんだろう?何がそうさせるんだろう?と考えながら見ていました。
それは放映が終盤に差し掛かった頃、ビデオリリースされた放映当時のものを借りてみた時でした。
解ったんです。
「クウガ」とは超古代「グロンギ」と戦い、封印した戦士の名です。
普段活躍する「クウガ」は警察の発表により番号で「四号」と呼ばれ、クウガの名を知っている人は少ないのです。
そのクウガの名に雄介はこだわり死を賭して戦いました。
「クウガ」としての役割にこだわりつづけた雄介は「どうしてそんなにまでして戦うの?」という問いに実にあっけらかんと笑顔でこう言います。
「だってやるしかないだろ?俺,クウガだもん。」
一緒に見ていたうちの子供はあまりのおどけた言い方にゲラゲラ笑いました。
私も一緒に笑いそうになり・・・・急に涙が込み上げてきたのです。
「ああ,そうだったんだ。」
そう思いました。
雄介は自分で「クウガ」となり、その役目をまっとうしようとしていること。
人はいくつもの役目を持っています。
会社では役職、家庭では父親・・・・。
女性もそうです。主婦であると同時に母親であったり妻であったり。
それぞれの立場で辛い事はたくさんあります。
役割を放棄したくなる事も私にもあります。
そんな時、だっておれ○○だもん。といえるか?ということなのです。
職場での立場,家庭の成立。簡単に行かないので弱音を吐くこともあります。
そんな時、五代雄介のこの台詞が応援歌となって私には聞こえました。
皆さんにはどうこの「クウガ」」がうつるのでしょう?
私には大切な作品のひとつとなりました。この些細な台詞とともに。
あーろん
2001.1.28
脱稿
子供番組ということ。
「クウガ」の戦闘シーンは残酷だ。という抗議があったという。
見ていて確かに「未確認」による殺戮のシーンなどはかなり強烈で口を血で濡らして迫ってくるところなどはおぞましい迫力がある。
先に書いたような内容を現実を模した世界で展開するのにそのシーンは必要なんだと思うのだが。
親なら子供に残酷なシーンは見せたくないと思うだろう。私も親のはしくれだがむやみに隠すのもどうか?と思うのだ。
たとえば幼児に世界は安全で楽しいところだとむやみに教える親はいない。「知らない人について行ってはいけない。」とか「車に気をつけるように。」と教えるだろう。
しかし、死や暴力についてはどうだろう?
動物園の猛獣の檻に手を入れて噛み付かれる子供の事故は後をたたない。メルヘンの世界のライオンと実物のギャップは教えてやらなければならないのに。
無論ある程度の年齢以上というくくりはどんな作品でも必要だし、後は一緒にみている親のフォローが大切なのではないのかと思うのだ。TVを勝手に見せておいて内容を読み取らずただそのシーンだけで抗議するのはいかがなものか、と本気で思う。
もうひとつ、子供向けだから「ドラマ」など必要ないという声もあるようだ。
作品に込められる「メッセージ」は大人、子供には関係なく届くべき物だと思う。
それを「子供にもわかりやすく展開するもの」が「子供番組」ではないのか?と私は考えるのだが、皆さんはどうお感じになるだろうか?
