第5章「鈍(にび)」(3)

「佐祐理には、解りません。人は、幸福にならなければならないはず。
なら、それこそが、本来あるべき世界の姿なのではないですか?」
 そうだ。だからこそ――
「人は、自らの力で、幸福を手に入れなければ、ならない」
 こんな、銀の糸などに頼ることなく。
「それが、出来ない者もおりましょう。彼らは、どうすえば…」
「冷たい言い方かもしれんが――」
 君は、認めないだろう。私のやり方を、きっと…。
「幸せになることを放棄した者は、幸せには、なれないものだ」
「私達のように、恵まれた者ばかりでは、ないと――」
 解る。
「なら、変えればいい。なければ、奪う。それも…1つの道だ」
「…久瀬様は、強盗を賛美なさる方…ですか?」
「するものか。自身に出来ることがあるのなら、しなければならないと、
私は言いたいのだ。それを――許せる者と、赦せない者…。出来る者と、
出来ない者だっている。…ならば、それで棲み分けられれば良い」
「似た者同士は、似た者同志――と、いうことでしょうか?」
けれど、それでは――
 佐祐理が、言う。
「戦になるのでは、ないのですか?」
「だろうな。だから、私は…銀糸の力で世界を別けようと――」
 考えたこともあったが…。
「やはり、上手くはいかないだろうがね。ならば、姫よ――っ!!」
――あなたは、なにを、どう…銀糸に願うのか――?
「そ、それは…私は、世界中の人々が、幸せに――」
 私の真摯な問いかけに、佐祐理も緊張の面持ちを浮かべる。
「あなたの願う幸せと、私の願う幸せは、同じものでありえるのか?」
 そもそも――幸せがなにかすら、我々は――解っていない。
「久瀬様っ!」
 佐祐理が、岩壁に穿たれた、横穴のようなものを指して、言う。
「感じます。強い、力のようなもの。人の――想いを」
「銀糸か?」
 織物に紛れさせて、信頼できる部下に持ち出させた――はずの、それ。
「はい。きっと…それが、久瀬様の仰るとおりのものなれば」
 この、ものみの丘で、失われたと思われる――銀の、糸。
 私が、水瀬秋子に作らせた…
「行こうっ!」
 部下は、この地で、屍骸となって発見されたという――。
ならばっ――!

「…久瀬様?」
「ああ…見つけた。やっと…」
「では、後はこれを無事に持ち帰り…しかるべきところに…」
「封印する。そうだな、場所は――」
 あの社か。うむ、それならば…やはり、宮司は彼に…そうだな。
「…本当に、封印なさってしまうのですか?」
「不服かね? 先の大雨で、我が領内の民は救われたのだ」
 今は、それで…いい。
 今は、この小さな領内で、人々の幸せを守ることしか出来ないけれど。
いつか――
「――ッ!? な、――」
 佐祐理…姫……?
「久瀬様…。それでも、私は、世界を救いたいのですっ!」
「くっ…君は、――いいだろう。これも――」
 私の示した、道だ。
「…久瀬様。私は…」
「言うなっ! …言わなくて…いい…」
――胸に突き立てられた、短刀は、もう――抜けな…
第4章 銀の翼 へ