第5章「鈍(にび)」(2) 「…終わりました。参りましょうか…」 「ああ…」 流行り病に斃れた、不幸な娘。死を悼む時間は、我々には、ない。 『佐祐理は、世界中の総ての人々を、救いたいのです』 『それは――』 無理だ。例え、秋子殿の作った「あれ」を使ったとしても―― 『それほどの歪みを生むのに、どれほどの力を要すのか』 『歪み…ですか?』 人の力を超えた願いを叶えるには、代償が要る。 『人々が幸せになるというのは、世界の歪みなのでしょうか?』 『現実と異なるものならば、それは――歪みだ』 だから、水瀬秋子は、死ななければ、ならなかったのだろう。あれを 完成させるために…。私の、過ちであった――。 赦せ、秋子殿…。 『我が領内の旱魃は、酷くなるばかりだな、秋子殿』 『はい…。水請いの儀式なども、効果なく…』 『水瀬の家には、秘伝――というものが、あると聞くが』 なぜ、俺はその存在を、知ってしまったのか――! 「知らなければ…」 「なにを、でしょうか?」 佐祐理姫…初めて会った時は、まだ幼い娘であったが…。 「私が、あんなものを君の叔母上に作らせたりしなければ、君をこんな 目に合わせずに済んだのだ。…恨んでくれても、いい」 何者かに、奪われたのか、それとも―― 「やはり、久瀬様は、あれを封印なさるおつもりなのでしょうか?」 「あれはやはり――この世界にあってはならぬものなのだよ、姫」 |
第3章 香りし折りに へ |