学校の怪談

「ビューティーなんたらアローッ!!」
 ――だか、
「リボーンなんたらエコーッ!!」
 だか、知らないけど。最近、マリアのバカが透矢から弓を習っている
らしい。マリアみたいにトロい人間にもできるんだから、簡単に見える
かもしれないけど、集中力が必要なのは、魔法も弓術も同じ。
 その点で言えば、マリアは才能のある方と、いえるだろうか。
「弓道着とか、ないの?」
 マリアは、中学校の制服姿で、弓の練習をしている。
 当然のように、スカートが短いから――。
「どうして?」
 わたしの方を見て、透矢は、まるで人を小馬鹿にしたように言う。
 むぅ――。
 なんかムカツク。というか、最近、透矢のわたしへの態度が冷たい。
 なんとなく、そんな気がする。
「地味〜な魔女さんと違って、魔法少女のマリアちゃんは、萌え萌えな
衣装でいいんだよ。あの、矢を放った瞬間に、風に翻るミニのスカート。
あの、見えるか見えないかのギリギリのラインにハァハァ…」
 ――相変わらず、バカだ。
「マリアちゃんは、地球の未来に、ご奉仕しないといけないからね」
「…また、意味不明なことを」
「アリスも見たでしょう。マリアちゃんの、あの変身を」
「変身っていうか、耳と尻尾が生えてたけど…」
「いいかい、アリス。今もこの地上から、多くの生命種が失われようと
しているんだよ。マリアちゃんは、彼らを護ろうと、必死なんだ」
 ――そうかなあ?
「僕はね、そんなマリアちゃんの力になりたい。僕自身は、戦うことは
できないけど。少しでも、そのお手伝いができれば――いいと思う」
 まあ、言ってることは、立派なんだけど。
 へらへらと、だらしない表情の透矢を見れば――。
「あの耳を、尻尾をなでなでして、ふわふわのもこもこで萌え萌え〜」
 とても、言葉通りに受け取るわけには、いかない。
 あれ以来、キツネ(コンチ)は、マリアに憑依はしてないようだけど。
 ――あの後、か。
 牧野健二とともに、死霊の洞窟――戦時中は、防空壕として使われて
いたそうだけど――を抜け出した、後。
「那波は、お前たちに預けておく」
 そう言って、わたしたちの前から、健二が去った後――。
 わたしたちは、行方知れずの那波の姿を捜した。
「那波さんなら、裏庭で見ましたよ」
 そう言っていた、マリアの言葉は――嘘ではないが、真実でもない。
 マリアが見たのは、たぶん、健二の記憶なのだと思う。
 マリアには、他者の記憶を、実際のモノとして見てしまう能力がある。
 本人は、それが実際にあるモノとして、認識しているようだけど。
 記憶というよりも、思念といった方が、解りやすいか。
 ――とにかく。
 那波は、その辺りには、いないと――わたしたちは、学校に戻った。
 すると――。
「あら、皆さん。どちらにいらしてたのですか?」
 なにくわぬ顔の那波が、教室でわたしたちの帰りを待っていた。
 わたしたちの質問に、彼女は、
「少々、貧血気味で。宮代先生と一緒に、保健室へ…」
 あっさりと、その事件らしきものは、解決した。
 ――わけでもなくて。
 それじゃあ、マリアの持ってきた手紙は、なんだったのか――と。
 そういう話になる。
「メガネをかけた、小学生くらいの女の子が、渡して欲しいって…」
 マリアの話では、そういうことになるのだけど――。
 なんのことはない。それは、委員長こと、新城和泉だったんだ。
 マリアは、会ったことがないから仕方ないとはいえ――。
 小学生に間違われるのは、随分と不本意であるに違いない。
 そんなわけで、今度は、新城を捜す羽目になったわけだけど――。
「おーい、委員長―っ!」
 透矢が叫んで、大きく手を振る。
 ――結局、彼女は、近くの公園で見つかった。
 要するに、だ。
 彼女は、透矢の生活態度に文句をつけるため(?)に、彼を思い出の
公園(?)に呼び出して、説教するつもりだった(?)――らしい。
 態度がイマイチはっきりしなかったせいで、憶測になるのだけど。
 事件でも、なんでもないことだけは、確実だった。
「とんだ、ムダ骨だったわ…」
 はぁー、と。ため息をつく、わたしに――。
「ねえ、アリス。そろそろ、試験が近いんじゃないかと思うんだけど」
 透矢が、横目でマリアの様子を窺いながら言った。
「なに? わたしに勉強、教えてほしいの?」
 にこり――。わたしは透矢に微笑む。
 そういうふうに頼られるのなら、悪い気はしない。
「いや、魔女の昇級試験とか、あるんじゃないかなあって――」
「そんなの、ないって…」
 なんか、どっと疲れた。
「それより、普通の――学校の試験は大丈夫なの?」
 記憶がないということは、知識も多く失われているはずだから。
「心配ないよ」
 ――笑顔の透矢。
「…なら、いいんだけど」
「だって、僕はこれから、試験もなんにもないオバケの学校に転校する
からね。問題は、それがどこにあるかなんだけど…。知らない?」
「ていうか、そんな学校は…ないっ!」
 くそ、バカ透矢め――。思わず、泣きそうになった。
「闇の世界に通じたアリスなら、知ってると思ったのになあ。じゃあさ、
妖怪ポストのありかも判らないの? ――妖怪ハウスは?」
 だから、そんなものは、この世には存在しないんだって――。
「そもそも、オバケには、学校自体が存在しないと思うんだけど?」
 仕方ない。
 バカな透矢にも解るように、目を覚まさせてやらないといけない。
「そうなんだよね。オバケは、学校には行かないはずなんだよね」
 だけど――と、透矢は言う。
「学園七不思議とか、学校にはオバケが出る。これはおかしい。ならば、
オバケの現れるような場所は、学校とは呼べないのじゃないかな」
 まったくもって、わけの解らない論理展開ね。
「つまり、なに? オバケが出るような学校は、学校とは呼べないから。
だから、そこには試験もないはずだと。そういうわけ?」
 バカ透矢の妄想は、理解に苦しむものが多いけど。
 ――これは格別だろうな。
「夜な夜な、恐ろしい魔物たちの集うような場所じゃ、落ちついて試験
なんて受けられないよ。ねえ、アリス――そうは、思わない?」
「思わないけど」
「あの洞窟で、僕に幽霊の怖さを教えてくれたのは、アリスなのに?」
 う――。
「ま、まあ、本当に、そんなものが、あの学校にいるのなら――ね」
 祓う必要も、あるのだろうと思う。
「あの…わたし、夜な夜な校舎を歩きまわる人影がいるってうわさを、
聞いたことがあります。ぼーっと、妖しい光が見えたとか…」
 練習を終えて、駆けよってきたマリアが――余計なことを言う。
「ほら。やっぱり、あそこはただの幽霊屋敷なんだよっ!」
「学校がなくなれば、試験も必要ないんですねっ!」
 にこにこ、と。マリアが透矢に微笑む。
 くそっ――なんかムカツクなあ。
「はいはい。調べに行けばいいんでしょう。解ったわよ、もうっ!」
「当然のように、パンチラを期待していいんだよね?」
 にやけ顔の、透矢――。
「知るかっ!!」

 ――というわけで、夜の学校。
「まあ、出そうな雰囲気は、あるわね」
 古い木造校舎というのは、やはり少し、気味の悪いものがある。
 歴史が、染み込んでいるから。良いことも、悪いことも――。
 さまざまな記憶たちが、その場所には、漂っているのだろう。
「もうやめようよぉ〜」
 透矢の腕にしがみついたマリアが、情けない声をあげる。
 その小さな声も、深い闇に溶けていくような感じで。
 小さな懐中電灯の明かりは、非常に心許ない。
「あの防空壕に比べれば、どうってことないでしょう?」
 わたしは、自分の隣を、恐々として歩くマリアに囁く。
 キツネの霊なんて連れ歩いてる人間が、なにを今さら――。
「出るっていうから、怖いんだもん…」
 マリアが応える。暗くて、顔はよく見えないけど。
 正直な話。なんでもいいから話していた方が、安心はできる。
「見えると思うから、見えてしまうのですわ」
 透矢の服を掴むようにして、彼の後ろを付いて歩く、那波が言う。
 ここにいるのは、わたし、透矢、マリア、那波の四人。
「点呼を取ったら、一人多かった――というのも、よく聞く話よね」
「それは怖いね。やってみようか?」
 なぜか、愉しそうな透矢が言い――。
「やめてください…」
 あきらかに元気のない、マリアが呟く。
「別に、付いてこなくてもよかったのよ、マリアは?」
 那波を置いてくるわけには、いかなかったわけだけど。
「ひ――ひとりで待ってるのも、いやだもん…」
「ママがいるでしょ」
「う〜、おねえちゃんといっしょがいい…」
「――しょうがないわね、バカマリア」
 でも、ちょっと、嬉しかった。
 マリアの信じている、ママの存在。それは、記憶の中のママの姿。
 だから、わたしは、ママに勝たないといけないんだ――。
 マリアを、ママの亡霊から、解き放たなければ。
 いつまでも、死んでしまった人の――思い出の中にいては、いけない。
「大丈夫よ。おねえちゃんが、付いてるから…」
「うん…」
 ――ぎしっ、ぎしっ。
 廊下の床板が、きしむ音。
 暗闇の中で歩く、歩きなれたはずの、その廊下。
「この廊下、こんなに長かったっけ?」
 懐中電灯で、前方を照らしながら――透矢が呟く。
「そうね…。そろそろ、突き当たりが見えてもいい頃――」
 なんだ?
 ――光が、はね返っているのか。
 前方に、光るモノがある。
「鏡…かしら?」
「鏡――なんてあったっけ?」
 透矢が、呟く。よく、思い出せない。
 あったような気もするし、なかったような気もする――。
「裏山の防空壕が、霊の溜まり場になっているなら。出てくるものも、
居たりするのかも。――それとも、自縛霊なのかな、あれは?」
 透矢が、わたしに訊いた。
「そうとは、限らないわ。死んでから、あの場所に放り込まれた死体も、
たぶん多いと思う。亡骸のある場所に、居たいのね、――彼等は」
「じゃあ、やっぱり、あそこから出てきた霊とかが…」
「それはないわ。扉に鍵がかけてあったから。あれはね、一種の結界よ。
外から開かなければ、中からは、誰も出てはこれない」
 けど――。
「幽世の扉を開く」
 ――か。
「健二が、あの扉を開いた時に。迷い出てきてしまったモノが、いない
とも限らないわね。そのキツネの子供みたいに」
 マリアに寄り添うように歩く、子ギツネの姿を見る。
 まるで、本当にそこにいるような、確かな存在感を持った、ソレ。
 本当は、ずっとあの中に、居たはずだったモノ。
 マリアだからこそ、大人しくさせられては、いるけど――。
 憑いたのが普通の人間なら、こうはいかなかったかもしれない。
 キツネ憑き――か。
 怪に憑かれた者は、狂乱状態のままに、生命を落とすことだって多い。
「そういった、迷い出てしまったモノを、もとの世界へ戻す。あるいは、
別の世界へ送る。それが、シャーマン――別の言い方をすれば、牧師や
僧侶の役目なの。ここはもう、彼等の――怪の世界では、ないからね」
 わたしは、そう言いながら、前方の光をじっと見すえた。
 次第に、ぼうっと輝く妖しい光が、はっきりとした形を持って――。
「アリス、あれは――」
「うん…」
 透矢が、指し示す、アレは。人の姿をした、ソレは――。
 白っぽい、着物のようなものを、身にまとった、その女の顔は――。
「那波…?」
 遠目だから、確実なことは、言えないけど。
「あれは、牧野、那波――?」
「――はい。なんでしょう?」
 すぐ後ろから、声が聞こえて。慌てて振りかえる、わたしと透矢。
 そこに、牧野那波が立っている。
 透矢の服を、そっと掴むようにして、最初から――。
 那波は、ずっと、その場所にいた。
 再び振り返ると、もうそこには、誰も――なんの姿もなくて。
「透矢は、見たわよね。――マリアは?」
 ふるふる、と。首を横に振るマリア。
「透矢さんの服、見てたから…。なにが、見えたの?」
「幽霊――かな?」
 わたしが言うと、マリアは――。
 ぎゅっと。掴んでいた、透矢の腕を抱きしめるようにした。
 まあ、いいけど。
「鏡が、あるって言ったよね、アリス?」
 透矢が訊く。
「わからない。どうしてか――記憶が、はっきりしないのよ」
「僕も、そうなんだ。けど、僕には、少しだけ解ってきたよ」
 キッ――と。前方を見据えて、透矢は歩き出す。
 その、鏡があるはずの、その場所へ向かって。
「あれは、殺された少女の怨念が、現れた姿なんだ。ライトの光が反射
したり、那波さんの顔に見えたのは、それが――鏡であるということを、
僕たちに告げるため。彼女は――鏡の裏側に、今も居るんだ」
「鏡の――裏?」
「そう。犯人は、殺してしまった少女の遺体を、そこに隠したんだ」
「殺人、事件が?」
 初めて聞いた。この学校で、そんな事件が――。
 本当かなあ?
 
「これが、その鏡だよ」
 廊下の突き当たり。そこに、人の身長より大きな、鏡が――。
 それは、壁の土に半ば埋め込まれ、暗い廊下の姿を反射していた。
 ともすれば、無限に続く廊下が、存在するようにも見えるだろうか。
「ここに、那波の姿が、映っていたのですわね」
 そっと、鏡の前に立つ、那波。
 彼女の白い顔が、その鏡面に映り込み――。
「と、透矢さんッ!?」
 マリアの悲鳴。
「な――」
「なんだ、これはっ――!?」
 わたしと、透矢が後ずさる。――冷や汗が出た。
「どうか、なさいまして?」
 振り向いた、那波。それは、いつもの那波。
 だけど――。
 ――にやり。
 鏡の中の、那波の顔が笑った。そう、こちらを、向いたままで――。
「那波、離れてッ!?」
 わたしは、とっさに彼女の腕を引く。
 ぎぎしっ――!
 きしむような音をたてる、古びた校舎の廊下。
 那波の足が、それを踏みしめて。彼女は、廊下の反対側に、よろける
ように進み――体勢を立て直すと、すっ、とこちらを振り向く。
 その視線の先には、鏡が――。
「ウソッ!? なんで、どうして…?」
 鏡が、ない。そんなはずは、ない。
 わたしも、透矢も、マリアも見てる。
 そこには、確かに、鏡が存在していたのに。
 そこには、ただ、古ぼけた校舎の土壁があるだけで――。
「まやかし…? まやかされた?」
 マリアや透矢はともかく、わたしを――騙したの。
「ムカツクッ! 死ねっ!!」
 げしげしと、校舎の壁を蹴りつける、わたし。
 そのとき――。
「なにしてるの、あなたたちっ!!」
 という、突然の大声が、暗い闇の中に、響き渡り――。
第6話