【午前 6時30分  尾永香依(おのながかより)】

 朝起きて最初にすることは、配達された牛乳を飲んで、新聞を読むこと。なんて言うとマジメなように聞こえるけど、実際はテレビ欄とスポーツ欄(特にサッカー)あとは目に付いた事件の記事を流し読みする程度だったり。
 それと同時にもう一つ――
「ああ、入ってた……」
 新聞と一緒にアパートの郵便受けに突っ込まれた、赤い封筒の封を適当に破いて開く。爪がちょっと伸びてるかなあと思いながら、便箋を開く。通称『あしながおじさん』からの手紙。――まあ、あたしが勝手にそう呼んでるだけなんだけど。両親のいないあたしは、何処の誰とも知れない人からの援助で、高校に通っている。毎月、まとまった金額が銀行口座に振り込まれてくるんだけど、その見返りとして、時折届けられるこの手紙の内容を実行しないといけない。
「任務っていうか、ノルマ?」
 内容はピンからキリで、例えば、テストで何点以上取れだとか、何々委員になれとか、時には犯罪まがいのこともやらされたりする。不良学生を病院送りにしたり、最近では、三年生の先輩を唆して問題を起こさせ、退学処分に追い込んだりもした。華奢に見えても、あたしは結構強いのだ。美少女だと思って油断していると、ノドブエ噛み切るぞ?
 ――容姿にも、自信アリます。
 まあ、だから援助なんてしてもらえるのだろうけど。人の役に立てばこそ。
「要は、秘密警察よね」
 非合法な手段で、学内の秩序を守る存在として雇われているエージェント。それがこの尾永香依。マルザス第三高校一年C組所属の、あたしなのだ。
「なになに?」
 書面には、『今根理人(いまねまさと)と付き合え』と要約できる、読みにくい達筆なのか下手クソなのか判断しかねる(たぶん万年筆の)手書きの文字が、くどくどと回りくどい表現で書かれていた。それから、その男の写真と簡単なプロフィール。同じ学校の二年A組に、‘先日’転校してきたらしい。ふぅん。
「けっこう、カッコイイじゃん」
 写真を見ながらつぶやく。金の髪、菫色の瞳の、爽やかな印象の少年が、ターゲット。目的は書かれていないから、もしかしたらオトリみたいなものなのかも。誰かの目を引き付ける役目なのかもしれない。まあ、あたしは言われたことをやるだけだ。
 もう一度、よくプロフィールを読んでみる。
「――一年A組担任今根佳優(かゆう)の親族。金持ちか。人は良さそうな顔だね。お坊ちゃん育ちなら、騙しやすいかな。本籍は……外国か。言葉は通じるとこね、問題なし」
 他には、特に重要なことは書かれていないようだが。
「あれ?」
 追記で、《歴史研究部入部済 部長代理》と小さく書かれていた。
(それで、あたしか)
 先日、退学にした三年というのが、そこの部長だった奴だ。拳銃やナイフを持ち歩いていた危ない奴だった。あたしはそいつに旧帝国軍の兵器の情報を流し、泳がせた。それが仕事だったから。結局、そいつは官憲のお縄にかかったらしい。詳しくは知らないけど。未成年者の事件だからか、新聞にも載らなかった。
 そいつを筆頭に、歴史研究部とやらはイロイロと危険視されていたらしい。ヘンな奴の巣窟で、二年の遠藤(えんどう)って奴が、影のボスだというウワサも聞いたことがある。
 ――魔女。
 なのだとか。魔法使い? 人の心を読むとか、操るとか、悪いウワサが多い女だ。
 顔は見たことがないけど、見れば解る顔らしい。美人なのかブスなのか――。
「そいつの魔の手から、お金持ちの坊ちゃんを守れってことかな?」
 納得して、立ち上がる。そろそろ、支度しないと間に合わない。
 いくら『あしなが(後略)』の後ろ盾があるとはいえ、あまり目立つわけにはいかない。たぶん学校のお偉様の誰か――あたしの推測では『侯爵様』こと校長の西苑寺(さいおんじ)って奴だと思う。確証はないけど。まだ若く、貴族趣味の変態というウワサだ。全校集会の時に顔を見たが、頬がこけてキレ長の目をした、痩身長躯の男。四十歳は越えているかどうか。
 そいつが、学校の治安維持の為に、策謀を巡らせているのだろうか。
 まあ、あたしは言われたことをやるだけだけど。まず、風呂に入る。髪を洗い、セット。朝食用のコーンフレークに、もう一本の牛乳をかけて、ぐしゃぐしゃにして食べる。歯を磨いて、あしなが(略)に贈られた制服に着替える。檸檬色のパジャマを脱いで、清楚な印象の白い靴下を履く。清潔な印象の白いブラウスと妙に短いスカートを身に着ける。
 ――脚線美にも、自信アリます。
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