【午後 1時30分  尾永香依(おのながかより)】

(――なに、コレ?)
 昼休みも終わりに近い時間、つまり一時頃に、今根理人(いまねまさと)、遠藤真江(えんどうさなえ)、矢作草揺(やはぎそうよう)の三人が一緒に昇降口を出ていった。あたしは一年C組、つまり自分のクラスに戻ろうとしていたのだけど、廊下を歩く彼等を見つけて、思わず隠れて、
 ――後を尾けた。
 尾行は得意なのだ。気配を絶つのが、上手いのだと思う。
 彼等は学校の裏手に回り、校舎に沿ってこそこそと人目をはばかるように歩いていった。学校の裏は、ちょっとした雑木林みたいになっていて、人はあまり来ない。特殊教室棟の廊下の窓から見ているでもなければ、誰かに見られることもほとんどない場所だ。影にもなるし、気が滅入ってくるので、あまり好んで見ているような人もいないと思われる。
 校舎の出っ張りを利用して隠れつつ、後を追う。特殊教室棟の東の外れ、体育館とぶつかるところで、右に折れた。わざわざ遠回りして来るような場所では、ないと思うけど。
 慎重に歩を進め、彼等の曲がった先を覗き込む。
 ――いない、か。
 どうやら見失った。しかし、予想はつく。
 この位置は、ちょうど校舎のあらゆる窓から死角になる。正面から来たのでは、職員室の目の前を通ることになるが、それを避けたのだとすれば――
(これ以外に、ないわけだ)
 何年使ってないのか判らないような、体育館の倉庫の扉の前に、静かに立つ。
 物音を立てないように、そっと隙間から中を覗き込む。もちろん、気配も絶って。
 ――暗い。電気もついていない、真っ暗闇の空間。けれど、あたしには判る。
(三人――いるな)
 壁際に一人。遠藤が立って、北側の壁に手を掛けている。
 中央やや右寄りに、二人。今根と矢作が、立っている。床を――見ている?
 こういう時、夜目の利く自分を、頼もしく思う。
(――なにっ!?)
 突然、まばゆい光に襲われた。中から青白い閃光のようなものが疾り、目を背けた。
 まずいか、と思いその場を離れて隠れたが、彼等が出てくる様子はない。
 再び扉の前に戻り、中を覗く。光は、消えている。
(いない――の?)
 深い闇に包まれた室内に、三人の姿がない。隠れているのでもないだろう。気配がない。あたしと同じように、上手く気配を絶っているのでもなければ。
 ――あたしの鼻を誤魔化せるというのなら。(できるものかっ!)
 そう、彼等はもう、そこにはいない。
 周囲を振り返る。人の眼がないことを確かめて、そっと扉に手を掛けた。
 両手で、横に開いていく。わずかに軋んだ音がするも、校舎までは届くまい。
 改めて中に誰もいないことを確認し、素早く中に入り込んで扉を閉めた。
 罠かもしれない、と一瞬思ったが、さすがにそれはないだろう。
 中には、やはり何年あるいは何十年使っていないのかというマットやボールなどが放置されていた。安置というべきか。ここは彼等の墓場なのかもしれない。なんとなく。
 しかし、それにしても……
(さいてー、なにこの臭い?)
 鼻を摘み、口許を押さえて、なるべく呼吸をしないことにした。カビ臭い。
 ――嫌いだ、これ。こういう時、人並み外れて鼻の利く自分が、最悪に思う。
(早く出たい……けど、あいつらは――)
 どこに行ってしまったのか。消えたなんてことはない、幽霊じゃないんだから。
「確か、このへんか」
 遠藤の立っていたあたりにいき、同じように壁に手を触れる。
(なにもない、か。――ん?)
 小さな窪みを見つけた。指が入るかどうかという穴が、壁に開いているようだ。
「見つけた……かも」
 指を入れてみようとして、入らないことを確認。指は細いんだけどなあ、あたし。
「スイッチの類では――あ?」
 なにかの動く気配を感じて、ドキっとして振り返る。テレビをつけた瞬間とか、そんな感じ。そういえば、今根たちは床をじっと見ていた。それは、つまり、
 ――これか、さっきの。
 まばゆい光。青白い閃光が、床の下から溢れ出てきて、目を瞑ってしまった。顔の前に腕をかざし、光を遮る。目が慣れると、そこには、大きな四角い穴が、口を開けていた。
(――なに、コレ?)
 狭い倉庫内は、青い光に満たされている。外から見てわかるのは、確認済みだ。
「消さないと、バレるな、これ」
 床の穴から下を覗き込む。教室の窓ガラス程度の大きさだろうか。そこから斜めに、
「階段? 隠し部屋というの? こんなとこ……」
 ぜんぜん、知らなかった。たぶん、殆どの生徒が知らない秘密。教師にしても怪しい。
「魔女の、秘密の実験室とかだったり?」
 あたしが見つけて良かったものなのか、判らないけど。
 彼等が、この下に潜っていったのは間違いない。
(どうする?)
 両膝を床につけ、穴の縁に手を掛けて、頭を突っ込む。長い階段の先までは、見えない。段の横の壁に、上にあるのと同じような小さな穴が開いている。たぶんこれが開閉装置だ。段に足を掛けて、試しに少し降りてみる。大丈夫だ。変化はない。青い光は、壁や段から出ているらしい。もしかしたら、材質そのものが発光しているのかも。金属のようだけど、なにかは判らない。そもそも、あたしは鉄と銀の違いすら、よく解らなかったりするけど。
「銀は、神聖な金属とか言ったっけ? 青いけどさ、コレ」
 爪で軽く壁を叩いてみる。堅いってことしか解らない。表面は、ツルツルしている。
 手の甲を押し当てて滑らせてみる。抵抗力は、それなりにあるっぽい。
「……センサーなのかな。なんに反応するんだろ。熱か? ヒトの体温とか――」
 壁の穴に、手をかざしてみる。なにも起きない。
「えいっ」
 そのまま押し当てる。(うあっ!?)頭上の床、いや天井? 扉かな、が閉まった。
「うーん」
 腕組みして考える。階段の電気(ていうか、この青っぽい光)はついたままだ。
(穴を塞げばいいのかなあ)
 試しに、制服の裾を摘んで、穴を塞いでみる。「お、開いた…」
 要するに、穴の奥のセンサーが、至近に物体を感知すればいいんだと思う。たぶん。
「けっこうハイテクかも……なんでこんなとこに?」
 学校の扉は手動なのに。やっぱり、変。魔女の錬金術とか、そんな技術なのだろうか。
 よく解んないけど……。
「今は、深入りすべきじゃ、ないのかもしれないな。コレは――」
次へ