【午後 1時00分  鈴守勇一(すずもりゆういち)】

「なあ」
 窓際の一番前の席に座った、藍色の髪をポニーテールにした生徒に問い掛ける。級長の榛名耀子(はるなようこ)は、背が高く、スレンダーな美少女。キリッと引き締まった表情で俺を見上げた。
「なんでしょう?」
 彼女は、俺のクラスの優等生。剣術道場の娘で姿勢が良く、礼儀正しい。頭もいい。
 少々の無愛想な印象で、多少の損はしているようだが――。
 最も、信頼のできる生徒だ。
「あれは、なんだと思う?」
 教室の後方。廊下側の三つの席に視線をやる。彼女は首を回して、そちらを見た。
「……さあ」
 なんでしょう、と目を細める。考えごとをする時の、彼女の癖だ。
 今根(いまね)、矢作(やはぎ)、遠藤(えんどう)の席の、椅子の上に、それぞれ一体づつの小さな人形が置いてある。ゲームセンターで取れるような、ヒトガタのぬいぐるみのようなやつ。妹たちの部屋にも、何体か飾られているが、なにかのアニメのキャラを模したものだろうか。
「わたくしが思うに、あれは、《変わり身の術》――ですわね」
 榛名は、目を細めたまま、そう答えた。まだ、なにかを考えている最中らしい。
「変わり身の、術?」
「ええ。忍者が、敵の攻撃をかわす時に使う、あれですわ」
「ああ、時代劇で見たことはあるぞ」
 しかし、なんの理由で……?
「あるいは――」
 榛名は、微かに表情をほころばせつつ、言った。
「魔法、ですわね」
「魔法――」
 俺は、考える時の癖で、顎に手をやった。三つの机、特に遠藤の席を睨むようにする。
「魔女の、魔法ってか?」
 遠藤真江(えんどうさなえ)は、自ら『魔女』を名乗っている生徒だ。望んでそうしているのでは、ないのだろうが。周囲と差別化して、自らの優位性を保つための方便と、俺は考えている。
 恐らく、彼女自身は、他人から『魔女』と呼ばれることを望まない。
 しかし、自分ではそう名乗る。アンヴィヴァレンツな、ねじれた糸によって編まれた、彼女の心象風景を思う。弱く儚い糸を、必死に支える『魔女』が、そこにいる――。
 というのは、俺の想像だ。心理学者でもない俺には、他人の心なんて解らねえよ。
「ありゃあ、魔女の儀式のイケニエか?」
 ニヤリと笑う俺に、彼女は、わずかに唇の端を持ち上げて答える。
「さあ……呪いの藁人形の類である可能性も、捨てきれませんわね」
「煮るなり焼くなり、好きにしろってか?」
「お望みならば。わたくしは、止めは致しません」
 榛名は目を閉じた。今までの経験からみて、「やめとけ」と言いたい時の態度だ。
「例えばだ。俺があいつらの身代わりに、あの人形を痛めつけたら、どうなる?」
 どこか遠くにいる、あの三人が苦しむことになるか、それとも別の――
「先生の方が、逆に苦しむことになりましょうね」
「俺が?」
「ええ。人を呪わば穴二つ。魔女を呪うことが、貴方にできまして?」
「呪い返しか。神社の息子を舐めるなよ」
 修行もなにもしてねえけどな。ガキどもの面倒で、そんな余裕もなかったし。そもそも、あんな神社、宗教施設としてまるで機能していない、ただの廃屋みたいなもんだし。
 しばらく見てねえが、どんな惨状になっていることやら……。
「つっても、あいつが本物の魔女だって言うなら、太刀打ちなんてできねえか」
 俺は、引きつった笑みを浮かべる。なんの話をしてるんだ、俺たちは。
「そろそろ、本鈴の鳴る時間だな。早く戻ってこいっつーの、あのバカどもは」
「あら、見えません? 先刻から、ずっと、三人とも席に着いたままですわよ」
 榛名の真剣な眼差しに、俺は、わけもわからず目をしばたたかせながら言った。
「なに言ってんだ、お前? あいつらは……いや、そういうことか」
 ――ああ、解ったよ。
「あいつらに、代返でも頼まれたか?」
「いいえ。すべて、彼等の‘級友’としての、自発的な行為ですわ」
「担任としては、後で校庭十周くらいは、させてやりたいところなんだが――」
「‘級長’としては――二十周くらいで、手を打ちましょうか?」
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