【午後 0時30分  鈴守朝(すずもりさき)】

 おにーちゃんは、セキにも優しすぎると思う。わたしが「セキが悪い」と言ったのに、いつだってセキの言うことも信じて、二人とも悪いことにしてしまう。わたしにも責任はあると思うけど、いつだってわたし一人に責任を負わせようとする根性悪のセキに対しては、もっとちゃんと叱らないといけないと思う。妹として、恥ずかしいから。
「俺の鍵だ、持ってけ。いいか、ぜったいになくすなよ」
 と言って、さっきおにーちゃんが渡してくれた鍵も、またセキが持ってるし――。
 なくした鍵だって、ずっとわたしが持ってれば、ゼッタイになくならなかったのにさ。セキが勝手に持ってっちゃってなくしたんだから、本当はセキがぜんぶ悪いんだよ?
「うっかりものなんだよ、セキはっ! だから、すぐに物をなくすんだ」
「注意力の足りないサキちゃんに、言われたくはありませんっ」
 つーんと、お澄まし顔でセキは答えた。
 そうやって大人ぶって、本当はお子様なセキに、みんな騙されてるんだ。
「この前だって、‘セキの’鍵がなくなったから、わたしの一緒に使ってたのに」
「あれ? なくなったのはサキちゃんのだよ?」
「なくしたのを誤魔化そうとして、わたしの持ってったに決まってる!」
 今朝の教科書が、その証拠。あの鍵にも、名前を書いておけばよかったんだ。
 これからは、そうしよう。みんなが、セキに騙されないように――。
「あれ?」
 職員室を出て、もと来た道を歩くわたしたちの前に、彼等は現れた。昇降口の方から、こちらに曲がってきたところで視線が合った。みすみ先生たちは、いなくなっていた。
「サキとセキじゃない。なにやってんの?」
 右と左で瞳の色が違う『魔女』の遠藤真江(えんどうさなえ)が言った。おにーちゃんのクラスの生徒だ。今根理人(いまねまさと)と、矢作草揺(やはぎそうよう)もいる。わたしたちとは、もうすでに顔なじみの人たちだ。
「あ、ええと、サキちゃんがね――」
「セキが、家の鍵をなくして、わたしも、おにーちゃんに一緒に怒られた」
「サキちゃんは、自業自得です。わたしが、一緒に行ってあげたんですよ?」
「こ――このっ、」
「まあまあ」
 ぱっと手を広げて、理人がわたしたちの間に割って入る。
 優しい顔立ちの人で、わたしもセキも、この人のことは好きだ。おにーちゃんは、年が離れすぎてて、《お父さん》って感じもするけど、この人は《お兄ちゃん》って感じ。
「……理人は、なにしてるの?」
 わたしは訊いた。人前で、彼を「お兄ちゃん」と呼ぶのは、ちょっと恥ずかしいし。
 ちなみにセキも、彼のことは「理人さん」と呼んでいる。
「僕たちは、ちょっと地下迷宮の、探索にね」
「地下迷宮、ですか?」
 とセキ。わずかに首を傾げて、いつものように、いい子ちゃんぶっている。
「迷宮じゃなくて、ただの地下室」
 セキに負けない澄まし顔(でも遥かにキレイ)の草揺が、澄んだ声で言う。『天使』だという人もいれば、『電波』だという人もいる。わたしにも、よく解らない。
 一部の神社や教会にある天使の絵には、けっこう似ているとは思う。――けど、
「ちょっと見るだけ。マサトがどうしてもって言うから」
 あまり感情のこもらない話し方で、どっちかといえば、好きではない方の人間だ。
 喜怒哀楽のハッキリしている魔女の真江の方が、わたしは好きかな。
「冗談だよ」
 と理人が笑う。ちょっと王子様って感じで、わたしは好き――。
「体育館の地下にね。矢作さんの隠れ処(が)があるんだってさ」
「変わった造りらしいから、見せてもらおうという話よ。ね?」
 理人と真江が言う。――体育館の、地下?
「さっき、先生たちが出てきたのって……」
「それ、ステージの下の、倉庫のことですか?」
 わたしとセキが、顔を見合わせていると、
「――見られた、かも」
 呟いて、天使の草揺が走り出した。倉庫に向かって――だと思う方向に。
「待ってっ!」
 と真江が彼女を追いかけて、腕を掴んで止めた。
「今は良くない。誰かに知られたのだとすれば、なおさら慎重に動かないと」
 草揺は、しばらく考えた後で、こくんと頷いたようだった。
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