【午後 0時00分  鈴守夕(すずもりせき)】

 わたしたちは、中学校の裏門を出て、こっそりとお隣の高校に向かっています。そこで、おにーちゃんが働いているからです。どうして行くかというと、妹のサキちゃんが大事な家の鍵をなくしてしまったからです。前にも一度そういうことがあって、「なにかあったら、すぐに教えるように」と怒られてしまいました。サキちゃんが悪いのに、わたしまで怒られるのは、おかしいと思います。だから、今日はハッキリとサキちゃんが悪いのだということを、訴えてあげるんです。サキちゃんのためにも、です。
 本当は、彼女が一人で謝りに行くべきなのですが、サキちゃんは根性が曲がっているので、きっとわたしのせいにしようとするでしょう。それは許せません。他人に罪をなすりつけるなんてさいてーです。姉として、私は彼女の成長を促さなければいけないのです。いつまでも、お子様のままでいて、いいわけがないのです。今朝のことだって……。
 私は、神妙な様子で隣を歩く、彼女の顔をちらりと伺います。
 ――同じ顔。
 けれど、性格は大違い。サキちゃんには、女性の慎み深さというものがない。
 今だって、そうやって「自分は悪くない」と主張し、あたかも私が悪であるかのように印象付けようとしている。どうやって私に罪をなすりつけるかを、考えているんだ。
 サキちゃんは、私と違って、性格が悪いから。
「……だいたいさ、おねーちゃんが、」
 ぽつり、と私の右側を歩くサキちゃんが呟きます。
 ――ほらきた。
 彼女は、ぶつぶつと何か呟き続けています。頬を膨らませて、ぶーたれる。いつも通り。サキちゃんは、自分が悪いときには、決まってそうするのです。
 とはいえ、私も《おねーちゃん》なので、妹を悪く言うばかりでもいけない。いつものように大人の器量を見せて、そんなグチは聞かないフリをします。澄まし顔で、ゆっくりと、余裕をもって歩みを進めます。歩道橋を渡り、高校の東門を入ります。校舎から少し離れたところにあるので、高校生の人はあまり使わないみたいですが、中学校からは近いので、わたしたちはよく使います。体育館とプールの間の細い通路を通ってまっすぐ進むと、四つ角になります。まっすぐ行くと昇降口。左はグラウンドをぐるっと回って正門に着けます。右に行けば、奥の校舎の端にある職員室の通用口から、中に入れます。
「おにーちゃん、今どこだと思う?」
「んー、職員室。たぶん」
 勘のいいサキちゃんが、答えます。サキちゃんは、私よりも霊感が強いみたいで、時々、霊が視えるとかそういうことを言います。本当かどうかは解らないけど。ウチが神主さんの家系というのも、関係あるかもしれません。
 右へ――
 曲がろうとして、私はそれに気付きました。
 職員室のさらに奥。右側に長く伸びた体育館の、先の方から人が出てきます。二人――。男の人と、女の人。一人は知っている人。もう一人は知らない人。
「広沢先生だ……」
「みすみ先生?」
 私の呟きに、ようやく気付いたサキが、そちらを見やり――少しだけ眉をひそめます。知らない男性と、彼女が一緒にいるからでしょう。それも、あんなところに。
「あそこって、体育倉庫?」
 とサキ。中学校と同じ造りであるならば、あの場所は、倉庫になっている。ステージの真下の、天井の低い、狭い空間だ。なにを、していたのだろう、
 あんなところで――?
「こんにちは」
 怪訝な表情で歩くわたしたちに、正面からゆっくりと歩いてきた広沢先生が、微笑む。隣に、男の人もいる。背の高い、やせ型の人。先生よりは少し年上に見える人。もしかしたら、わたしたちの知らない先生なのかもしれない。
「鈴守先生に、御用かしら?」
「はい。サキちゃんが、鍵をなくしてしまいまして――」
「違う。セキがっ!」
 サキちゃんの言うことは、無視します。だって、そんなのでたらめだもん。
「……カギ?」
 じろりと、男の人がわたしを見ました。ちょっと怖い感じの人です。
「ああ、西苑寺(さいおんじ)さん。紹介します。この子たちは、鈴守先生の妹で――」
「いや、私は部屋に戻るよ。考えることもあるのでね」
 《さいおんじ》という貴族みたいな名前の人は、歩いて行ってしまいました。
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