「それでは、まずはわたしの作戦プランから説明させてもらいます」
 軍議の席で、真っ先に手を挙げたのはミーネであった。あれから、必死になって情報を集め直した。知らない情報もかなり残っていた。妥協はいけないと思い知らされた。必死になって軍事関連の書籍を漁った。少しでも知識が欲しかった。弐礼隊の訓練も間近で見たりしたが、クラッテオのそれとは雲泥の差があった。訓練で死人が出るんじゃないかと思うくらい真剣な姿がそこにあった。さすがにそのやり方を防衛隊に強いるわけにはいかなかったが、参考にはなったと思う。いっぱしの軍師のつもりになって、防衛隊の教練を手伝ったりもした。彼との仲がちょっとだけ進展したような気もするが、今はそれはいい。
 軍議の場所は、教団本部にある一室で、さほど広い部屋ではない。中央に大きな四角いテーブルがあるだけの質素な部屋である。この教団は、華美なものを好まないところがある。まあ、救うべき民を放っぽいて贅沢の限りを尽くすような馬鹿な組織なら、ここまで発展はしなかったのだろうとミーネは思っている。信徒も圧倒的に庶民階級の者が多い。長方形のテーブルには、街の周辺の詳細な地形を記した大きな地図が広げられていた。
「まず、予想される敵の着陣ポイントは、――この辺りになると思われます」
 ミーネは、地図上の大まかな範囲、エテルテア南方に広がる平野の一部に、赤いペンでマークを書き入れた。街道沿いで、兵の移動、物資の補給にも適する地点で、この街にもほど近い。彼女がエーリンスなら、そうするであろう地点。
「異論なし」
 衿奈が答えた。ミーネは自分の感性に少し自信を持ったようで、次第に身振り手振りも交えて大まかな作戦プランを展開していく。曰く、敵の目的はエテルテア市街および教団の制圧である。共に援軍はない。皇帝はフォーウッドに不信を抱いており、転進してそちらを叩く為の陽動である可能性も捨てきれない。フォーウッド軍は再編中であり、本拠の防備は手薄である。優漣のコルナート卿が、軍勢の一部を率いて帰還の途にある。等々。また、敵の士気は低く、陣地構築なども積極的には行わないだろう、とも。
「帝国軍がそのままこちらに向かった場合、フォーウッドが動くことは?」
 衿奈が訊く。エテルテアの東にある山脈の向こうは、フォーウッドの領土になっている。共闘はせずとも、帝国軍に呼応して領土の拡大を狙うことはないのかということだが。
「ありえません」
 そう断言した。少なくとも、コルナートが戻ってくるまでは彼等の軍事行動はない、と。
「さて――、」
 そこでミーネは、ふぅ、と大きく息をついた。やはり慣れないことは疲れる。
「我が軍です。布陣のポイントとしては、ここと――ここ」
 マークを描き入れる。敵と街との中間点。それと、敵の東側にあたるであろう平地。
 衿奈は顔をしかめた。ミーネの説明が続いている。
「敵の真正面に、旅団規模の銃兵隊を配し本隊とします。こちらからは仕掛けずに、敵を足止め。基本的に、兵装はクレマチス小銃とします。またその間に、左翼に大きく展開した騎兵大隊に敵の後方を扼して頂きます。こちらの戦い方は弐礼祭司に一任しますが、」
「それはいいけど、我が軍の右翼は?」
 地図上には、それらしい部隊は記されてはいない。
 衿奈の問いに、ミーネは、「右翼は置きません」――そう答えた。
「兵が足らないのなら、弐礼隊を二つに分ける。…わけにもいかないか」
 衿奈は考える。それでは、左翼の攻撃力がガタ落ちになってしまう。しかし、
「その布陣を見れば、敵左翼は一気に市街を突いてくると思うけど?」
 藤樹もまた、疑問を呈す。大丈夫です、とミーネは微笑んだ。
「伏兵がいますから。これは我が軍の伏撃作戦とは考えられませんか?」
 確かに、敵も警戒はするだろうと衿奈も思う。不自然な配置であるからだ。
「偵察したらバレるけどね」
「その前に決着をつけましょう」
 ミーネは、にこーっと笑った。左手の人差し指を立ててウィンク。
「誰が?」
 藤樹がこめかみを指で押さえている。まともに戦力といえるのは、この街に一つだけだ。
「弐礼隊の配置が後ろすぎる。突撃で敵本陣に斬り込むなら、もっと――」
 衿奈は、配置図上の自軍に指を当て、ずずず、と敵に近付けていく。至近距離である。
「ここから突っ込まないと、馬がへばる。エーリンスまで辿りつけない」
「それ以前に、敵右翼の壁が抜けないでしょ?」
「だったら! 真後ろに回り込む」
「バカ! フィリアの別働隊が右から市街突くでしょうが!」
「だいたい、味方が少ないんだから、電撃戦しかないっての!」
 衿奈が、藤樹が、バッと立ち上がる。「気に入らないのよ、いつもいつも人の用兵にケチつけて!」「お子様がお子様な戦術なら、文句の一つもつけたくなるわ!」「この年増!」「むきー」――そんな感じで、こっちが戦争。エリアも苦笑い。この二人の間には、よく見られる光景であるのだが。ミーネも、彼女たちの意見の相違によるいさかいは、訓練中にもちょくちょくと見ている。年中行事のようなものかもしれない。
「まあ、落ちついてください」
 にこにこと、戦火の中に割って入るミーネ。その勇気は敬服に値する、だろうか。
「陣を動かす必要はありません。予定通り、この位置に」
 睨み合っていた四つの瞳がギロリと動き、視線が、ギンッとミーネに突き刺さる。
 ひょえーっと彼女はそれを避けるように飛び上がって逃げた。
「ミーネさん大マジックで、兵力不足もバッチリ解消! ズバリ解決! お任せください。なんといっても交際範囲の広さがわたしの取り柄です。帝国には、お友達も多いんですよ」
 えへー、と胸の前で手を合わせて笑う。
 ガタン、と音を立てて、衿奈と藤樹が着席した。
「聞かせてもらおうかしら」「誰とお友達ですって?」
 ふっふっふ、聞いて驚けー、とばかりにミーネは、
「敵、左翼大隊指揮官っ、シデルグ・ミハルディン卿とはもう大親友っ!!」
 ――なのです、と。
「お友達で戦争が終わるなら、楽なもんよねー」
 そう言いかけた衿奈の肩を、藤樹がそっと押さえた。目配せ――。
 衿奈が「間違って」いる時の、それが藤樹の行動だった。幼い頃から、ずっと。
 その度に、衿奈には彼女が今は亡き母親のように見えて仕方なかった。
 同族だから、顔立ちなども少し似ているところはあった。それだから――、
 そういう時の内瀬藤樹は、絶対に正しいのだ。衿奈はそう信じている。
「ま、いいけど。…それならそれで、私も一つ提案がある」
 と、衿奈。
「なんでしょう?」
 と、ミーネ。衿奈は、
「作戦を急ぐ必要がないのなら、兵力の損耗を抑えるために、我が隊の配置を――」
 つぅー、と指を動かす。
「ここにしてもらいたい」
 それは、ミーネが示した布陣地点のさらに後方。小高い丘がぽつんと描かれた地点。
 今度はミーネが渋い顔をした。それじゃ遠すぎる、と。
「野戦砲の射程を考えると、その位置では敵陣に届かない可能性が…」
「届かないなら、無理に使う必要もないから」
 と、衿奈、しかし――、とミーネ。
「大丈夫よ。敵右翼への攻撃は、定期的に継続して行うから。そのための騎馬隊でしょう?」
「それは、まあ…」
 ミーネは一転、不満顔になる。せっかくあげた大砲を使わないだなんてっ。
「もう一つ、」
 これ以上ないというほど、真剣な内瀬藤樹の、軍師の顔がそこにあった。
 その「もう一つ」の提案だけには、彼等に寛容なエリア・カレティアですら、なかなか首を縦に振らなかったという。
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