新式のクレマチス銃が、弐礼(にれ)隊に配備された。両手で構えて撃つことを前提とするが、片手で撃てないこともない。ただし、命中精度は恐ろしく低下する。基本的に、歩兵用の武器である。乗馬に慣れた相天(そうてん)の騎馬隊でもなければ、使おうともしないだろう。
「まあ、我々専用に作られたわけじゃないってことよ」
 藤樹が、家臣たちに銃の使い方を説明している。それまでも、相天軍では少数とはいえ銃は戦場でも使っていたのだが、どうやら今度のは少々使い勝手が違うようなのだ。
 まず、燧石(ひうちいし)式という火薬の点火方法。.詳しい説明は省くが、
「射撃の回転は、早くなりそうですな」
 顔の横でそれを構えながら、矢作(やはぎ)が言った。早く撃ってみたいと思っている。
「フォーウッドが採用してるのと、同じ技術だと思うわ」
 と、衿奈。辛酸を舐めさせられた、敵の使っていたもの。あれで、多くの将兵を失った。
 エリアは、本当はこんなものは使いたくはないだろう。しかし、
「使う以上は、一人でも、より多くの敵を――殺さねばならない」
 これは、戦争で、人を殺すためだけのものなのだから。
 厳密に言えば、この銃はフォーウッド軍で正式採用されているクロッカス銃の改良型である。違いは銃身の長さ。クロッカスを太刀に例えれば、クレマチスは普通の刀くらいであり、少しでも扱い易いようにとの配慮が見られた。その分、威力は落ちるかもしれないが、当たることなどもとから想定していないのかもしれない。所詮、使うのは素人集団の教団歩兵部隊である。同時に、野戦砲が五門、部隊に配備された。榴弾(りゅうだん)砲と呼ばれるもので、攻城砲などと比べると、初速も高く、より遠くまで砲弾が届くのが特徴である。機動力の高い騎兵の援護射撃用ということだろう。もう少し砲身が小さくなれば、馬で牽引して移動しつつ砲撃、などという戦術も採れるかもしれない。あるいは、牽引させた荷台に歩兵を並ばせて走りながら射撃するというのはどうだろう。藤樹は、そんなことを考えている。我々が採るべき戦術には、そぐわないか、――とか。
「教団は、敵味方関係なく、戦死者は手厚く葬ってくれるから、安心していい」
 そう言いながら、衿奈は思う。考える。その言葉の意味するところ。
 考えなければ、それでいいことではある。考えては、いけないことかもしれない。
 ――なにを安心するのか。
 敵を殺すことか、自分が死ぬことか、教団の存在意義か。
 教義では、「生きる力を与え給うすべての力に感謝せよ」という。我々が生きる為に必要なこの銃に、人殺しの武器にも、感謝しろということか。しかし、敵の武器は、我等から生命を奪うものだ。同じ武器であるのに、それは祝福されざるものとなる。いや、あるいは、敵という存在が、人に生きる力を与えるのか。敵がいなければ、生きる力であるこの銃は存在してもいないのだ。ならば教団は、エリアは、敵に感謝しろというのか。
 ――あの女なら言うか。そう思う。そういうことを、平気で言う人間もいるのだ。
「この戦は、憎しみの戦ではない。故郷を、友を、肉親を失った恨みは、たしかにあろう。しかし、この戦は、衛るための戦である。功に逸り、戦う意義を忘れ、無様に負けた、あの戦を思い出せ。この街を衛る。この街の人間を衛る。この街の、正義を衛る。我々は決して、悪になってはならない。肝に命じよ。敵を退けることが、我等の戦の第一義である。ゆえに、無用な殺戮や追撃は慎んでもらいたい。敵に対し敬意を持て。再び相天の名を世に知らしめす機会を、我等に与えんとする帝国軍将兵に感謝せよ! 彼等の死は、我等の生の糧となる。彼等の亡骸は、この地に新たな生命を育む土壌ともなろう。諸君のその眼に彼等の死に様を刻み込め。殺した生命の分まで、――我等は生き続けようではないか」
 祭司服に身を包んだ衿奈は、言い終えて、すっと眼を閉じた。手を組んで祈りを捧げる。
「相天騎士の誇りを――っ!」
「エテルテアの勝利を――っ!」
 そんな声が、居並ぶ家臣たちの中から聞こえてきた。
「諸君の奮闘を期待するっ!!」
 バッ、と身を翻して、衿奈はその空間を後にする。
 立派になったものだと、藤樹は思う。むしろ、エリア色に染まったというか。
 しかし、我等が異端であることには、変わりはないのだぞ。いや、
 ――エリア自体が、この教団では異端であるのか。
 そもそも、天使などを奉戴する時点で、この教団は人のものではないだろう。
 厳しい戦いに、なるかもしれない。覚悟を決めなければ、ならないかもしれない。
 やはり、ここに来たのは間違いか。そう藤樹は、思うことがある。けれど、
 エリアや衿奈流に言うならば、「それこそが正解」なのかもしれない。
 あの二人は、本当に、似た者同士なのかもしれない。
 そんなふうにも、思うのだ。
「戦術については、少し変えていかなければならないわね。大まかに言えば…」
 内瀬藤樹(ないせふじき)が、説明を続けている。彼女に任せておけば、問題はないだろう。
 歩きながら衿奈は、新しい銃を持ってはしゃぐ、家臣たちの声を聞いた。
 それは、新しいおもちゃを与えられてはしゃぐ、子供たちの声に似ていた。
 ――勝つ。絶対に。
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