「ええい、今さら後に退けるなどとは思うな美冥!」
 自身を叱咤するように、叫ぶ。
 確保した、血と臓物に汚れた民家から飛び出した瞬間、また一人が狙撃された。幸い即死ではなかったが、だからこそ、またもやその兵には死を与える以外になくなった。
 そうして、彼女は二つ目の銃郭とされた民家をも制圧している。まだ、先は長い。
「人を救おうという奴らが…人殺しとは」
 殺す前に、問い詰めてやる。エリア・カレティアという最悪の偽善者を。平和を願うならば、武器を捨てればいい。例え奴隷としての生涯でも、自由などを知らなければ、それは幸せなのだ。そうで、あるはずだ。貴様は帝国を狂わせた。だから、殺さねばならない。なぜ逃げたのだ。そう問い詰めてやる。後悔させて、殺してやる。貴様ほどの人間が、なぜ辺境で軍事力を持たねばならない。なぜ中央で、レイムルや私を使おうとはできなかったのだ。なぜ衆民などに、幸福などという概念を、教えてしまったのだ。
「愚か者め!」
 美冥には解っている。当時の宮廷が、いかに腐敗したものであったか。逃げなければ、次に粛清の対象となったのが、突然病死した宰相の藤原と同じく、ルシフォルに近い貴族のエリアであろうことも。だからこそ、許せない。お前もまた、血筋や出自でしか、人の価値を見ていないのだと。相天の名を使い、弘兼の名を使い、お前はなにを企んでいる?
 これを個人の劣等感の産物とは、思いたくないところだ。そう魔山は思う。
 だからこそ、エリアの真意を知らねばならない。殺して済むのならば、それがいい。
 エリアが真に民の救済などを考えているのならば、残念だが、今は、殺すしかない。
 ――早すぎるのだ、お前たちは。
「暑いな、今日は…」
 頭部を覆う黒い頭巾を取り払う。長くて美しい、真っ直ぐな黒髪が、ぱさりと流れ落ちた。白い顔に、真っ赤な唇、切れ長の眼が、妖艶にして見るものに恐怖をすら抱かせる。夜魔族の――いや、古代の苑族の典型とでもいうべき容貌といえようか。
 既に半減した暗殺部隊を見る。少なすぎたか――、そう思うが、後退もできない。兵に無駄死にをさせる将は、無能者である。
「彼等の死が無駄でなかったことを、証明して見せねばな」
 決意を込めたその表情は、それでも、兵たちに優しさを感じさせるものであったという。
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