内瀬藤樹(ないせふじき)は、衿奈とアーヴァイン隊、レン隊との戦いを、興味深げに見ている。忙しいことこの上ないやり方だ。それでも、倍近い敵兵を相手に持ちこたえているのは、立派である。無論、彼女の部隊も、敵――主にアーヴァイン隊への砲撃を続けている。もう少し近付いてくれれば、レン隊も射程に入るのだが。しかし、そのおかげで弐礼隊の損害も少なくて済んでいる。――さて、どうしよう? 「前進、か…」 それなら、こちらから寄ろうと考えて、「違うな」と思う。それは、有効ではない。 「誰か、クラッテオ隊に伝令!」 「ハッ」 「内瀬藤樹の名で、アーヴァイン隊に側面斉射を要請。機を見て、兵を動かすようにと」 伝令兵が馬で駆け出すのを見て、藤樹は改めて部隊に命じる。騎兵砲部隊は、砲を牽引して移動。騎兵ともども小銃装備。これより、敵レン隊を銃撃によって叩く――。 前方の砲兵隊が、騎兵編成で向かってくるのを見て、リアレイアは、「しめた」と思った。 「虎の子が、自ら捕まりにきましたよ、参謀?」 そうですな、と彼は答えた。引っ掛かるものも、ないではない。意図が読めない。 「左前方の大隊(クラッテオ)を警戒しつつ、小銃装備。一斉射の後、銃剣突撃を敢行」 これでいい? というように、彼女は参謀の顔を見た。目尻が下がって、締まりのない顔つきの中年。リアレイアは、これがもっと若くて美形ならなあ――なんて思っている。その参謀は、彼女に代わって、命令を各分隊長に伝達させた。 小隊規模の内瀬隊が、ドカドカと地面をならしながら、こちらに向かってくる。 「撃ち方よーい」 その、まさに撃とうとする寸前に、内瀬隊は転進。向かって左方向に折れていく。 その先は――、 「本隊を、急襲する気!? ――逃がすもんですか」 アーヴァインがあまりに煩瑣かったから。彼女に言わせれば、そうなる。戦え戦えと、煩瑣く言うから、だから。 「リアレイア・レン中隊は、あの小隊に対し、突撃!」 参謀が振り向いた時には、既にその命令は発せられた後である。 喚声とともに、兵たちが走り出す。敵の騎兵隊が、逃げるように本隊の紫川隊へ向けて駆けていく。わき目もふらずに、走る。リアレイアも、それを追いかける。――と、 「お嬢様ッ!?」 参謀が、彼女の袖を掴んだ。なによ、と振り返る。――ああ、そういうことか。 「攻撃中止! 撤退、撤退っ! ――逃げろっていうのよ、バカどもぉ!!」 叫ぶ。近くにいた分隊長を、指揮用の刺突剣(レイピア)で殴る。 「撤退よ。全力で本隊より下がるの。いい?」 振り向いた彼に、必死の形相で、そう命じた。 振り向いた瞬間に、弐礼衿奈(にれえりな)と目が合った。そんな気がした。つまり、この部隊は今、真後ろに敵を置いているのだ。最悪だ。再び振り向いて、見た。やはりそうだ。騎兵が、突撃体勢に―― 「全力! 走るのよ! カレル、おんぶ」 傍らを走る参謀に、そう言いつける。昔は、よくそうやって遊んでくれた。馬に乗っていても、走らせるのに慣れていない。転んで落ちたりしたら――怖いから。 後方で、馬のいななき。馬蹄の音。 「もう、最低っ」 馬を走らせる参謀の背中でぐしゅぐしゅと泣きながら、彼女と部隊は敗走していった。 そして、そのまま戦場からいなくなった。 あの馬鹿が、とアーヴァインが思う間もなく、弐礼隊は、全力を挙げてレン隊の追撃に入った。すでに奴らはこちらに背を向けて、騎兵を先頭にして走り出している。 「ぐずぐずすんな、追え!」 麾下の部隊に命じる。南西方面に走り出した弐礼隊を追撃する――と同時に、視界の隅でそれを捉えた。チッ、と舌打ち。――クラッテオ大隊が、動いているのか? 「全体、右向けぇ右! 対小銃防御!!」 といっても、騎兵は盾を持っていない。撃たれたら、身を小さくして外れるのを祈るのみである。部隊の右前面にずらりと並んだクラッテオ隊の銃兵が、一斉射―― ダァン! と、クレマチス小銃が火を吹き、前衛の騎兵がバタバタと倒れた。 くそ、 「全体、突…いや、後退だ。後退急げ!」 弐礼隊が、追撃をやめて反転している。――釣られた。だから、奴らは次に、こちらに向かってくる。だが、今の俺にはそれが見える――。見えるのだ。 「貴様等のやり方など、手にとるように見えるぞ。このアーヴァイン様にはな!」 彼は叫んだ。部隊はわずかに後退して反転。再び、弐礼隊と小競り合いを始める。 だがしかし、ちくちくと刺された傷は、すでに相当な大きさにまで広がっていた。 もはや力押しで、あの敵の部隊を退けるだけの余力は――アーヴァイン隊には、ない。 |
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