魔山隊の被害甚大なれど、敵部隊の殲滅に成功――。紫川栄泉(しかわえいせん)がその報告を受けた時には、彼もすでに馬上の人となっていた。「流石に黒騎士の部隊である」と、幕僚たちも関心する。大木が、兵力の温存を図って、すでに部隊を動かす気のないことなどは知らずに。
 少なくとも、巷間の「魔山隊恐るべし」の風評は、これで確固なものとなろう。それで充分だ。そう大木は考えていた。それは、魔山美冥(まやまみめい)が帝国に在り続ける限り、消えることはない。黒騎士を敵に回す恐ろしさを、日和見の貴族どもは知ればよいのだ――。
 それより前、パルナス隊の動きを知った総大将紫川は、前方のクラム隊に、その腹背を突かせようと命令を発した。アゼリエル・クラムが伝令を受けて部隊に街道を横断させようとしたその時に、敵の砲撃が開始された。アルリナウ隊の榴弾砲である。フィリアは、麾下の兵から一個大隊を分け、客将――ユーナの護衛として参陣していたカナデ・リビエルにそれを任せて、逆にその腹背を襲わせた。カナデはミツネ配下の勇敢な騎士であり、もとはファンと同じく、夜魔族に味方して没落した貴族の娘であった。この戦に際して、フィリアのもとで参謀を務めているユーナ・ドレイスンが、エテルテアの人材難解消の為に連れて来ていたのである。表向きの彼等の参陣理由は、フィリアの戦場指揮を実際に見て、それを彼等の戦いに活かす為ということではあったが…
 一方、帝国軍右翼も、それに呼応するように動いている。アーヴァインが弐礼隊に仕掛け、それをレン隊が援護するという、衿奈からして見れば、最悪の事態である。
 どうする――?
 自問する。藤樹は砲兵を率いていて、ここにはいない。一人で、どこまでやれるか。
「銃兵、前へ!」
 小銃を装備した六個小隊(二百名弱)ほどの人員が、部隊の前面に横隊をとって並ぶ。
「よく引きつけて撃て。青木ッ、判断は任す」
 歩兵隊を率いる細身の青木春長(あおきはるなが)が、その口許に、底意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「駄馬だ。敵の馬を狙え。よぉーく狙え。いいか、いくぞ………てぇ!!」
 バン、バン、バン――と、一斉射撃の音を聞きながら、衿奈は次の命令――。
「騎兵ッ!」
「うむ」
 やや小太りの巴義竜(ともえよしたつ)が、馬上でうなずく。馬の扱いは、誰より上手い。
「騎兵隊一同は、向かって敵左側面より突撃を敢行する。速歩(はやあし)ぃー進めぇ!!」
 巴に率いられた騎兵隊が、綺麗に縦隊を組んで駆け出していく。
「砲撃のタイミングが遅い! なにをしている、矢作ッ!!」
 衿奈が後方を振り向きつつ、怒鳴った。
「はっ、今すぐ、急げ、装填、打てっ!!」
 無茶苦茶な命令だと、自分でも思う。お兄ちゃんなら、もっと上手くやる。でも、しょうがないじゃん。そう矢作草揺(やはぎそうよう)は思う。だって実戦、初めてなんだもの。前は、導主の身代わりで本陣に座ったままだったし、
 ――ドォォン
 轟音が響く。外れた。鉄の塊が、あらぬ方向へと飛んでいく。
「ド下手くそぉ、ちゃぁんと狙わんとかんわ、たぁけ!」
 方言ばりばりで、草揺が麾下の砲兵にわめき散らす。混乱しているなと、衿奈は思う。本当は、彼女の兄の基早に任せるつもりだった。とある事情で、それが出来なくなった。
「砲撃は、牽制でいい。槍隊、前へ!」
「突き崩せ、突貫!!」
 青木の命で、長槍を構えた歩卒が、わーっと喚声をあげながら、敵に突っ込んでいく。
「銃兵、弾込め急げッ! 砲兵は、槍兵の後退を援護、矢作草揺っ!!」
 衿奈が怒鳴る。
「撃ち方、放てぇ!!」
 草揺は、声を張り上げる。お兄ちゃんに誉めてもらうんだ、絶対に。よく頑張ったなって、また――。初めて会ったあの頃より、随分と背が伸びた。髪も、みんなと同じ綺麗な黒髪だ。衿奈様には負けない。絶対に、お兄ちゃんに、綺麗になったって、言ってもらえるまでは、――死ぬもんか。絶対に、生き残ってやる。いつか、絶対、あの人のお嫁さんにしてもらうんだ。大好きな、お兄ちゃんの、お嫁さんに…
「誤差修正。間に合わせるっ。一人でも、私たちで倒さないといけないんだからねっ!」
 彼女は――彼女たちは、必死に、よく戦っていた。
次へ
目次