とんでもない面倒を押し付けてくれるものだと、弐礼衿奈(にれえりな)は思って――いや呆れている。
 今度の戦に向けての軍編成を、エリアから頼まれた。いや、そんなことならば、喜んでやる。彼女が愚直な軍人ならば、悩むことはなにもない。分相応の期待をされることは、良いことか、悪いことか。衿奈が思うに、エリアは自分を、彼女と同じ位置まで引っ張り上げようとしているような気がする。帝国で言えば、宰相と大将軍の関係だ。巷では、教団の大将軍はフィリアだと思われているようだが――まあそれも正しい認識ではあるが、エリアの考えるそれは、少し異なるもののような気がする。ただ強ければよいのではなく、いかに自分を強く見せることができるか。フィリアの戦い方は、いわば王者の戦いである。勉強熱心なところは尊敬できるし、エリアも信頼している。逆を言えば、自分は信頼されていない。そのくせ、期待はされている。
「政治屋め…。今さら、いち抜けたーなんて言えるものか」
 毒づいた彼女の顔は、不思議とまったく穏やかなものであった。エリアもまた、それ以上のものを背負い込もうとしているのが解るからだ。教団の政事と軍事を、二人で独占しましょう――と、そう彼女は言っているのだ。そうして、ご苦労様と言って、手に入れたものすべてをフィリアあたりに押し付けて、二人揃って引退する。言うなれば、道連れ。おかしな言い方をすれば、生贄、供物。フィリアもまた、それを一まとめにセルーシアに献上する。そういう筋書きなのだ。得をするのは、セルーシア一人。いや、得をするのは、この国の、すべての人間であるのか。そうであるならば、衿奈にそれを拒否する理由はない。今さら、お家の再興だの、帝位だのを言うのは、馬鹿でしかない。幸い、残される家臣団の行くあても見つけてしまった。弘兼旭妃(ひろかねあさひ)がカユウ・フォーウッドを討つまで、十年はかかるだろうか。天下の趨勢は、確実にカユウに向いていると衿奈は見る。それもこれも、次の戦で教団が帝国軍に勝てれば、の話だ。負けたら――? 自分が死んでこの街が滅びる。後は知ったこっちゃない。死んだら、人間は、それまでだ。セルーシアが生き残ってくれれば、どこかへ連れていってくれるかもしれないが、間違いなく、彼女もまた磔か、火炙りか、首切り(ギロチン)か。帝国の正義の為に、悪しき魔女の仲間として晒し者となるのに違いない。他人の心配をするまでもなく、自分もそうなるのだろうが。それでも、セルーシアなら、死して神となろうとするかもしれない。そういうシナリオまでも、エリアは想定しているとすれば? やはり、考えすぎなのだと、彼女は思う。
「馬鹿正直に仕事してた方が、楽でいーわ」
 そのまま、部屋に帰って横になる。面倒くさいことは、勝ってから考えよう…
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