「そういう、政治の話は置いといて」
「――うん」
 と、なにかを横に押しやるようにして、ユーナ。シェルは、
「帝国イイ男ランキングーっ! じゃじゃーん! ――とか、考えたことない?」
 最初の方は、たぶんミーネの真似なんだろうな、とユーナは思う。バカっぽい振り付けで、くるくると回っていた。やっぱりこの娘、ちょっとヘン…
「いい男って? 貴方、そういうのに興味があるの?」
 ただ、意外なところではあった。恋愛なんかに、興味なさそうなカオして。
「そういう情報、なかなか入ってこないのよ。上で止められてるんだわ、きっと」
 自分たちだけ楽しんでズルイ、とでも言いたげである。
 ユーナは、少し安心した。良かった、セルーシアみたいなのばかりじゃない。彼女は、もう本当に男とか女とか、人間とか動物とか、そういうのを超越した存在になっている。まさしく天使と呼べる存在。俗世界のならわしなど、知ったことじゃないというような。
「それじゃ、レイムル・ロフトなんてどう? 敵味方関係なしで」
「といって、いきなり親玉でくるわけ?」
「わたしは本気よ。目許涼しげなる銀髪の青年将校。帝都じゃかなりの人気なんだから」
 そう言って、にやり。ユーナが笑う。
「ま、ちょっと優柔不断っぽいところが、趣味じゃないんだけど…」
「ああ、サナリが好きそうよね、そういうの」
「え、え…?」
 二人の話を、意外そうな表情で聞いていたサナリは、突然話を振られて焦る。
「皇帝でしょ…」
「だから、そういう政治の話はなし。ちゃんと聞いてたのっ」
 ユーナに怒られて、しゅんとなる。
「会ってみないと、どんな人なのか解らないしー」
 それを聞いて、シェルがニヤリ。
「サナリは身近な人間が好きなようだけど、」
 あ――、と小さく息をして、サナリがまた俯く。シェルは、見て見ぬふり。
「ユーナはどうよ? 好きな人とかいないの?」
 そうきたか、とユーナ。
「私は、オイカ・イロートオとか、いいと思うわ」
「紫川綾世の後見の?」
 と、シェル。
「そう。成り上がり者のレイムルと違って、本物の貴族。ちょっとナルシスト入ってるとか、紫川との男女の関係がどうとかいう噂もあるけど、頭も良くて剣も強い。素敵だと思うわ。当然、男らしくて美しい。まさに貴族の中の貴族という感じ」
 ユーナは、頬に手を当てて、ウットリとした表情を浮かべている。
「紫川って美人で評判なんでしょ? 勝ち目ないんじゃない?」
「紫川なんて噂ほどのものじゃないわよ」
 と、彼女は真面目な顔で、シェルに向かって答えた。
 紫川綾世は、この年十九歳。ユーナの一つ下である。体型(スタイル)的には、ユーナには少し劣るかもしれないが、セルーシアよりもよほど大人っぽくて、でも美しいのはセルーシアなのである。ユーナはもちろん美人なのだが、この二人には叶わない。これが、この世界の男から見た評価であった。まあ、やってることは、どっちもどっちというわけで。その最も美しいとされるセルーシアなのだが、背は多少伸びたものの、やはり胸や腰の凹凸が――。カワイソウなので、これ以上は言及しないが、そのあたりで多少評価が分かれることもある。ミツネあたりも、身長はユーナよりも高いものの、同じような悩みを抱いているとかいないとか。教団でも、エリアやミーネがこれに当たる。カユウあたりはまったく逆で、人によっては「癒し系」などと言って崇拝に近いものを抱いているらしい。
「あたしは、なんかそういうのヤダなー」
 ユーナの顔を見ないように横を向いて、サナリが言う。
「女の子の扱いに慣れてるっていうかー、すぐにえっちなこととか、しそうっていうかー」
 それは、まぎれもない失言であった。シェルとユーナの瞳が、妖しく光る。
「ほほう、サナリ様は、奥手の男が好みとみえる…」
 そうシェルが言えば、
「さすがは魔女様、有り余る知識で、うぶ初心な男を手取り足取り…まあ、いやですわ。わたくしとしたことが、このような、はしたない想像を…」
 ぜったいそれ演技だろ、という大げさな動作で、ユーナが腰をくねらせる。
 だいたい、口調からしておかしい。それに便乗するシェルの態度も、珍しくて、
「そうそう知ってます? 薬にも詳しいんですって、あの娘」
「まあ。惚れ薬でも作っているのかしら。それとも、媚薬――かしら?」
「いやいや、もっと直接的で効果的な方法を――」
「ああ、それでわざと裸を――」
 ほとんど奥様の井戸端会議と化した廊下の真ん中で、真っ赤になりながら、必死に話題を反らそうと、サナリは、
「そ、そうだっ! ユーナさんの伯父さんって、生きてるんだよね。ユーナさん美人だから、きっとその人もカッコイイと思うんだけど、どうかなっ!?」
 言ってはいけないことを、言ってしまった。
 沈黙。
 バカ――とシェルは思うが、もう遅い。サナリはユーナの目的なんて知らないのだから、仕方がないことだけども。――みるみる、ユーナの表情が、暗く、険しくなっていく。
「…冗談も、休み休み言ってよね」
 彼女の顔から、完全に笑みが消えた。ようやくサナリは、まずいことを言ってしまったことに気付く。とはいえ、なにが悪かったのかはわからない。心を読む――そういう能力は、自ら封じていた。ここで使うつもりもない。そんなのは、対等じゃないと思うから。
「あ、あの…ごめんなさい。気に障ったことを言ったのなら、わたし…」
 キッ、と冷たい視線が、サナリの魔女の瞳を射抜いた。
「あんな、」
 サナリは、ぎゅっと眼を閉じた、心の中で、ごめんなさい、ごめんなさいと何度も何度も唱える。お願い。私が魔女なら、この思いを伝えて。許してくれなくってもいい。彼女の心を、優しいもとの姿に戻せるのなら。私は、どうなってもいいから、だからお願いッ!!
「なに、震えてるのよ。魔女のくせに、情けない――」
 ユーナは、彼女の前に立ち、その細く繊細な顎を摘んで持ち上げる。
「眼を開きなさい――」
 おそるおそる、サナリは眼を開けていく。
 暖かい、笑顔があった。クスクスと、ユーナが笑う。
「あなた、本当に魔女なの? こんな子を恐れるなんて、帝国はなんて小心なのかしら」
 手を離して、その手を彼女の頭の上へ。短いその髪を、優しく撫でる。
「仕方ないか。皇帝からして腑抜け揃いだったんじゃ。…ごめんなさい。冗談が過ぎたみたい。お姉さんらしくない態度だったわ。でも――、もう変なことは言っちゃだめよ?」
「はい…ごめんなさい」
 フフ…なんだか子犬みたいね。そうユーナは思い、微笑む。一方で、
 ――テレパス精神感応っていうの。どうやら、本物みたいね。
 なんてことを、冷静に考える。なにかに使えるかもしれない、と。
 そんなことを考えながら、きっとわたしはこの子のことが好きなんだな、とも思う。
「あんな、ヴォルクみたいな筋肉ダルマが好きなんて人がいたら、神経疑っちゃうわ!」
 ユーナは。ウィンクしながら、あかんべーをした。
 それを見て、サナリが笑った。そうすると、やっぱりちょっと、いじめたくなる。
「あんなのよりは、まだその子の方が、マシってものよね」
 視線は、サナリの膝の上の彼に。
「ちょっと、マシってなんですか!!」
 ほらやっぱり、わかり易い。
「ヴァストくんは、本当にいい人なんだからっ! 馬鹿にする人は、わたしが許さ――」
 そう言いながら、彼の肩口あたりに置いた、右手に、力を込めて、
 がこん。
 その拍子に、彼の顎を思いきり殴りつけてしまった。
「あ…」
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