「そ、それで、こ、殺…」
 ユーナもまた、明らかに大笑いしたいのを我慢しているような表情で、口許に手を押し当てながら、ぷるぷると身体を震わせている。重さに耐えかねて、右手だけで構えたライラックの銃口が下がる。赤くなって俯いたままのサナリには、その様子は見えていない。
「は、裸、見られたくらいで、殺、殺しちゃうだなんて…!」
 もうダメ、我慢できない。ユーナがとうとう笑い出してしまう、その瞬間。
 シェルが、再びこちらを向いた。いつものやる気のない顔よりも、僅かに潤んだ瞳で、
「私は、いいと思うんだけど。もう、お互い子供でもないのだし」
 そう言った。平静を装っているが、そうではない。ユーナには、それが解る。
「私は、どうでもいいんだけどね。銃さえ完成してくれれば、こんな街に用もないし」
 腕組みしながら、ユーナは言う。シェルは、注意深くその表情を窺った。
 彼女が銃のことで、彼に相談に来ているのは間違いない。しかし、なんというか彼と話している時の彼女は、非常に楽しそうなのである。嬉しそうに、彼の後を付いて街中を歩いていたこともある。サナリのようにわかり易くはないが、もしかしたら、そういうこともあるんじゃないか。そうシェルは、疑っていたわけである。サナリが、まるで「渡さない」というように彼の身体を確保しているところを見ても、そういう気配は、彼女も感じているのだろうと思う。そもそも問題なのが、教団にろくな男がいないということだ。いや、性格の良い男が多いのは、良いことだと思う。しかし、どうせならば容姿にも拘ってみたい。そう思うのは、女の子ならば当然のこと。この街で最も格好良い男性は誰だろう、という話になって、彼女の父親の名前が挙がるのは、どうかと思う。弐礼の矢作や青木も悪くはないのだが、彼等は彼等で「衿奈様、衿奈様」――となれば、これだ。ヴァスト・シエンバー、このあたりで手を打ちましょうか。なんて話にもなる。それは、面白くない。できれば、サナリを応援してやりたいと思う。
「ユーナ的に、」
 ぽそりと、シェルがつぶやく。
「ん、なに?」
「あなた、外交で帝国中を歩き回ったりしてるんでしょ?」
「まあ…。どこもかしこもってわけじゃないけど。やっぱり、高貴な血筋と、気品と、美しさ。このあたりが大きいのかしら。もちろん、見識の高さも、重要な要素よね」
「夜魔族――これ、差別語かしら。正しくは、苑(エン)族よね?」
 あら、そうなの? とユーナ。
「いいんじゃない、夜魔族で。あいつら普通に使ってるし」
 山の部族、転じて夜の魔物が如き妖しげなる者。妖魔とも――。シェルの読んだ帝国の古い辞書には、そう記されていた。周りの誰も(エリアすら)知らなかったほど、一般的ではない知識。現在の辞書や書籍には、まず出てこない話である。
 シェルジェンナとしては、そういう知識で誰に負けるわけにもいかないわけで。
「いいけど…。要するに、その夜魔族の中に珍しく帝国人がいたから、帝国人相手の交渉事に使ってみましょうか…そんなところでしょ、あなたの場合」
「否定はしないわ。ただ、帝国人との混血も多いのは事実よ。それが、なに?」
 ユーナ的には、外交能力を他の――例えば、ミツネの側近のセツナあたりに劣ると言われるのは、認められないところであった。実際に、反帝国の筆頭諸侯であるフォーウッドと対等な同盟を結べているのは彼等のみであるし、それはユーナだからこそ、可能であったといえる。教団は、弘兼の件でカユウに貸しを作った。いまだその程度の関係であったのだから。エリアの、彼女に対する警戒心というものを、差し引いたとしてもだ。
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