ユーナの機嫌が良いのには、他にも理由がある。行方知れずだった、伯父の所在が判明したからだ。ヴォルク・ドレイスンは、今、フォーウッドの禄を食んでいる。小さな所領を与えられて、カユウに仕えている。落ちぶれたものだ、とユーナは思う。夜魔族とフォーウッドとは、同盟関係にある。それは、ユーナの功績である。北のカユウと南のミツネならば、利害は一致する。フォーウッドが断る理由はない。あの男が彼女に仕えたのは、盟の成った後という話。ユーナとしても、手は出せない。出したところで、どうともならないが。彼は強い。そして、優秀な指揮官である。他にも、多くの騎士がカユウの麾下に入った。戦力は、着実に上がっている。彼女の父が健在だった頃よりも、遥かに。優漣に残った彼女の姉とは、音信不通状態になってしまったが、噂では、長く漣(レン)家の統治下にあった占領地の統治にてんてこまいだとか。だから、彼女は――カユウは、姉の助力には期待していない。コルナートを戻してくれたことだけでも、充分に感謝している。それに、今さら戻ってこられても困るのだ。本来、家を継ぐべき姉を差し置いて当主となった自分に、いい顔はできないだろう。傑物と言われた彼女の姉――アマネ・イマネ・フォーウッドがもし、遠征軍の総大将でなかったなら、叛乱の鎮圧にも失敗し、さらに本土でも、相天やドレイスンと同じ末路を辿っていたかもしれない。カユウの人当たりの良さと、血筋。それが、弘兼が彼女を大将軍にした理由なのだから。危険がないと判断したればこその、温情――いや、やむを得ぬ、妥協策。三公のすべてとコトを構えることなど、彼等にはできなかったのだから。しかし、事態は思わぬ方向へと流れ続けている。誰が、レイムル・ロフトの台頭など、予測できたというのか。誰が、カユウにこれほどの将才があることを、知っていただろう。彼女自身ですら、きっと、知りもしなかったのに違いない。
 そこで、ユーナは考えた。
 ヴォルク・ドレイスンを、討つ方法。なんのことはない。カユウがレイムルと戦えばよい。あれだけの騎士を前線に出さないカユウ・フォーウッドではない。レイムルの剣は鬼神が如しという。豪胆で鳴るヴォルクといえども、必ず勝てるものか。しかし、カユウも前回の敗戦で慎重になっている。ならば――その気にさせるだけ。ユーナは、なんとしてもカユウの信頼を得ねばならない。それには、自ら帝国と戦うことだ。戦って、勝って、皇帝の力を削ぎ落とす。北進し、彼の軍勢と合力すべし――。ミツネは、一軍の大将としても傑物だった。連戦連勝。レイムルのいないところでは、負ける気がしなかった。すべて、ユーナの目論み通りに…
 それに、もし失敗したとしても――。
「戦場で流れ弾に当たるってのは、有り得ることよね」
 ユーナは狙撃用の長射程旋条銃(ライフル)を構えて、「バン!」と撃つ真似をした。
「あなた、まだそんな良からぬことを企んで」
 腰に手を当てて、肩をすくめるように、シェルが言う。呆れたという態度。
「大丈夫よ。――次で最後」
 ユーナは、わざと、エリアやセルーシアの口癖を真似て言った。悪いようにはしないから、安心して――と。もう、この地上で、ドレイスンの名を継ぐ者は二人しか残っていないのだ。彼と、彼女の、その二人だけ。あとの者は、すべて――死んだ。
 とことん救いようのない一族だ。そう思う。
「ま、人類すべてを敵に回すほど、私もヒマじゃないのよ…」
次へ
目次