「な、なによ…?」
 視線を感じたサナリが、半ば警戒心のこもった瞳で、シェルを見た。
「いや、どうせ見られたのなら、やっちゃえば――って思っただけ」
「や、殺るッ!?」
 冗談じゃない、という感じで、サナリ。内瀬藤樹曰く、「秘密を見られたら、殺すこと」――たぶん冗談だと思うその言葉が、セルーシアの護衛役を任された時に言われた言葉が、
「そんなこと、できないよ…」
 もう、誰も、殺したくはない。あの、肉に刃物を突き立てる感触だけは。嫌だ。
「つまり、それほどのものでもない、か」
 ふう、とため息。いまだ気を失ったままの従者の青年を見下ろして、シェルが言う。
「そんなこと言ってると、またユーナ・ドレイスンに持ってかれちゃうわよ?」
「誰が、なにを持っていくって?」
 不意に襲ってきた背後からの声に、サナリが慌てて振り向く。シェルは、いつもののろくさとした動作で、身体ごと振り返りながら、
「あら、いたの?」
 その存在にまったく気付いていなかったかのように、彼女は言った。本当に、気付いていなかったのかもしれない。彼女たちの背後に、いつの間にか、黒いドレスの少女が立っていた。
 彼女は、――ユーナ・ドレイスンは、物騒な小銃を手にしている。弾はたぶん入っていない。「なによコソコソと?」――そういう眼で、年下の少女たちを見ている。彼女は最近になって、度々この街を訪れるようになっている。つまり、教団と夜魔族は、今も友好関係にあるということだ。再び姿を見せた彼女を――あの時、逃げるように街を去っていった彼女を、誰も責めなかった。弐礼衿奈が、むすっとしていたくらいか。エリアの指令が行き届いていたのだろう。だから、ユーナは自ら非礼を詫びた。「ごめんなさい」という、ひどく子供じみた言い方だった。その時の、エリアの嬉しそうな顔を、彼女はよく憶えている。衿奈やミーネの意外そうな顔も。セルーシアは、やっぱり、「おかえりなさい」と言って微笑んだ。「ただいま」とは、さすがに恥ずかしくて言えなかった。だけど、気持ちは伝わったと、そう信じている。
「――技術とか」
 シェルは、相変わらずぼけーっとした、やる気のなさそうな顔でユーナに答えた。ちらりと彼女の手にした銃を見る。クレマチスに似ているが、銃身は少し、いやかなり長い。
「狙撃用?」
「ま、そんなトコ。ところで、彼…もしかして死んでる?」
 廊下に転がっている、まるで死体のような、鼻から赤い血を流した青年に、銃を突きつけながら、ユーナ。
「死んでない、死んでないっ!」
 慌てて否定するサナリ。廊下に膝をついて、彼を助け起こす。それを見てユーナは、
「バン!」
 引き金を引いた。銃声は、彼女の声。
「また一人、殺しちゃった」
「殺さないでッ!!」
 ぎゅっと、彼の頭を抱き寄せて、サナリが叫ぶ。クスクスと、ユーナが笑っている。最近、なんだか明るくなったわね、とミツネあたりにも言われるようになった。冷静に自分の能力を考えた時、ミーネに近いものがあるのかな、と思った。ここに来るたびに、そのやり方を見ていたから、少しだけ――ほんの少しくらいは影響を受けたかもしれない。
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