扉が開く。
 ふらふらとした足取りで、どよ〜んとした表情の、男の子のような髪型のサナリが、祭司の服をまとって部屋からでてきた。うらめしそうな視線を、シェルに向ける。
「自業自得、とは思わない?」
 と、まるで気にしていないような様子で、シェル。
「ちょっと寝坊しただけじゃない…」
「フィリア教官の前で、同じセリフが言えるならね」
「むー」
 祭司とはいえ、なりたてのホヤホヤである。先輩の指導を受ける立場なのは、変わりない。サナリは今年、十六歳になった。完全に、一人立ちしなければならない年である。二つ年下のシェルが祭司試験にパスしたのに、自分だけがいつまでも見習いでは、格好がつかなかった。祭司というのは、官僚と同じである。上下関係もある。平等といっても、全部が全部、同じというわけではない。帝国のそれのように、一切の反抗も許さない、というものでないだけだ。
 当然だとサナリは思う。全員が、同じことをしていたら、組織などは成り立たない。
「今日って、なんだっけ?」
 腰のあたりの座りが悪いのか、両手を突っ込んでごそごそやりながら、サナリが言う。
「行儀悪いわよ、それ」
「仕方ないじゃない。急いで着てきたんだから」
「徒弟二号も、このていたらくだし…」
 いまだぶっ倒れたままの、従者を見る。短めの金髪の、青年。
 サナリの顔が、赤くなる。
「い、医務室に、連れていった方が、いいんじゃ…?」
 鼻血はともかく、後頭部にコブがある。廊下の壁にでもぶつけたのかもしれない。
「――お願い」
 とシェル。
「あたしが行くのッ!?」
 気まずいなあ、という感じでその青年を見ながら、サナリは答える。彼が意識を取り戻した時に、どういう態度を取ればいいだろう? 自然に流すことができれば良いのだけど。ここが帝国なら、魔女に興味を持つ物好きなどいないし、自分だって――そんなことを意識する余裕なんてなかったはずなのだ。石を投げられる。汚物扱い。あるいは、殺
「めんどくさいし」
 サナリの思考を妨げるように、シェルジェンナがぼそっと言う。
 サナリは少し、険しい表情をしていたかもしれない。それとも、泣きそうな顔?
「魔女なら、医術や薬品関係には詳しいでしょ?」
 ――と、シェル。
 無論。毒にも薬にも精通している。そこいらの医師などより、よほど。
「気になるのなら、確かめてみれば? 彼に、どこまで見られたのか」
 当たり前のことだが、教団でも帝国でも、恋人以外の前で裸になる風習などはないわけで。特に女の子にとっては、異性――それも同年代の――に胸などを見られるのは、大問題なのである。さすがに朝から(いや昼か)下穿きまで脱いでいたわけではないので、最も恥ずかしい部分は見られていない。そんなことを考えたら、ますます恥ずかしくなる。彼女のことも変な眼で見ない、優しい男の子。五つ年上で、ローレン祭司と仲が良くて、兵器関係に詳しくて、火薬のことで質問されたこともある。庶民階級の出身で、名前は、ヴァスト・シエンバー。
 みるみる朱に染まっていく彼女の頬を見ながら、シェルは思う。
 こんな正直者で解り易い人間に、魔女というのは務まるものなのか――と。
 実際、彼女に魔女が務まっているとは言い難い。が、そもそも魔女とはなんなのか。それがシェルにも、当のサナリにも良く解っていない。いや、そんなものは、誰にも解らないのだ。魔法が使える。それは特徴にすぎない。遥か昔の魔女は、隕石を地上に落としたりするような無茶な魔法も使えたという話もある。でも、そんなのは、いつか誰にでもできる日が来ると、シェルは思う。それは魔法ではなく、技術。鉄砲と同じ。ランプに火を灯すのと同じ。――とすれば、魔女とは人類に少しづつの発展を促す存在であるのかもしれない。サナリは、滅多に魔法を使わない。それは、周囲への怖れなのかもしれない。異端視への、怖れ。であるからか、同じように異端の存在であろうとするセルーシアに、その一部を伝えているという話もある。詳しくは解らないけれど。彼女ならば、良いことに、その力を使える。そういう確信のもとで――だろうか。それは、奇蹟の力として、セルーシアを絶対の存在――神――に押し上げるであろう。私が頼んだら、教えてくれるかな? シェルは、ちらりとサナリの顔を見る。左右で色の異なる、その瞳を。まあ、今は、いいか。そう思う。
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