ハッ――として、サナリは目を覚ます。夢か。
 時々、そんな夢を見る。内容は、よく思い出せない。楽しい夢。だけど、
「とても、怖い夢」
 それが、過去のものなのか、未来のものなのか、わからないけど…
 過去、ならば、それは仕方がない。
 私は、魔女なのだから。
 魔女の記憶を継ぐものなのだから、人を殺したって、仕方がない。
 そうしなければ、自分が殺されていたのだから。
 だから、仕方がなかったのだ。
 十歳の誕生日に、私は――。
 窓から差し込む光が、暖かい。
「いっ――」
 ガバッ、と上掛けをはねのけて起き上がる。窓際に駆け寄って、空を見上げる。遥か中天の空に眩しく輝く、黄色っぽい大きな恒星――太陽。つまり、昼。
「しまったぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
 完全に、寝過ごした。わたわたと、寝巻きを脱ぎ捨てて、
 カチャ――
「遅い」
 不意に、扉が開いて。廊下に、シェルジェンナ・クラッテオ祭司が立っている。従者が一人。男の祭司見習いだった。サナリは、
「な――」
 しばし呆然。その後は、当然といえば当然の反応。彼女は、女の子だったから、
「きゃあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
 悲鳴。見られたっ。顔を真っ赤にして、ベッドに飛び込む。上掛けを引っ掴んで、むき出しになった玉の乙女の柔肌を、とにかく隠す。左の大腿から先が隠しきれなかったが、仕方がない。
「閉めて閉めて閉めてっ!!!」
 叫ぶ。祭司は、ぼーっと突っ立ったままだ。最近は、積極的に教団の仕事をこなし、当然のように祭司位についたシェルジェンナも、こういうところはあまり以前と変わらない。
「まあ――」
 のろのろと、扉を閉めながら、言う。
「見えても一瞬だと思うから」
 パタンと、扉が閉まる。そうか、ノックを忘れたんだ、とシェルはやる気のなさそうな顔で考えた。彼女の隣で、従者の青年が、鼻血をたらしながらぶっ倒れていた。
 ――一瞬、だから。
 さすがに魔女だ、シェルは思う。身のこなしが素早い。扉を開けた時、一瞬固まっただけで、さっさと次の行動に移っていた。鈍い人間なら、そのまま立ち尽くすだろう。彼女のボケ親父が時折、彼女の着替えを覗いてしまった時のように。私だって、女の子なのに――。
 咄嗟の判断が少し苦手だと、彼女は思う。深慮遠謀型の人間だ。逆に旭妃あたりは、それが得意。奇襲に強い、というか動じないタイプというか。一見、動揺しているように見えて実は、相手の次の行動を的確に予測している。周囲がよく見えているのだ。本能的に。
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