「ここのリーダーってさ、自分のこと神様だと思ってる?」
 してはいけない質問だというのは、ユーナにも解る。工廠の中を見て歩きながら、無言で前を歩くシェルジェンナに訊いた。この街の人間に、なぜ戦うのかを問えば、大抵がこう答える。セルーシア様の為。より多くの人を救っていただく為。救っていただいた恩を返す為に――と。たかが人間が、世界中の人を救うことなど、できはしないと思う。
 この無口な少女は、なんと答えるだろうか。
「セルーシアは、神様になろうと思っているわ」
 シェルジェンナはそう答えた。それなら、とユーナは思う。
「それなら、私は、悪魔にでもなろうと思っているわ」
「――悪魔?」
「ドレイスンの血を、世界から抹消するの。呪われた醜い血は、絶ってしまわないとね」
 にやり、とユーナは笑う。
 じぃ、と。シェルジェンナの眠そうな眼が、ユーナの銀色の瞳を見つめる。
「できると思ってる?」
「永遠の時間(とき)を、手に入れたなら」
「あなたは永遠を欲するの? ドレイスンの直系である貴方が」
「ならばすべてを――。人の世の永遠ならば、人の世と共に消え失せましょう。私は、永遠の中で、その時を待ちましょう。すべての血の絶える、この世界の終わる、その時を」
「そして、人間(ひと)であった貴方の、存在している事実。ドレイスンの血だけが残る」
 つぶやくような小さな声で、シェルジェンナはユーナに告げる。
 貴方が最も消してしまいたいはずのものが、誰に消されることもなく残るのね、と。
 案内役のヴァストが、ワケワカランという顔で、二人の変人たちの顔を見比べていた。
「では、…その時は、神様に救ってもらおうかしら。この世の最後の人間として、私を」
 ふぅ、と息をつきながら、ユーナが言い、
「人の世の神様は、人の世と共に消えてしまうのでしょうけどね」
 シェルジェンナが、そう言い返す。
「それは残念」
 けろりと言って、ユーナはべーっと舌を出した。
「神様も、人間なんかと心中するのは、おイヤかしら?」
「――あなた、悪魔にはなれないわ。それなら人が、消えてしまうこともない」
「私は、やると言ったらやる。必ず――」
 この人は救いを求めているのだと、シェルジェンナは思う。
 なぜ私は、こんな子供相手にムキになっているのだろうと、ユーナは思う。
「ところで、ここの使い方、よく解らないんだけど。火縄じゃないの?」
 職人の一人から引ったくった銃を見ながら、ユーナが言った。
 ハッ、とヴァストは我に帰る。ようやく、自分にも解る話になった。
「これはですね――」
 懇切丁寧に説明する。燧石(ひうちいし)がどうたらこうたら。火蓋を開けて、火皿に火薬を乗せて、どうたらこうたら。火蓋を閉めて、コックを閉じて、えーと、前から弾込めてドーンとか、なんたらかんたら。
「ありがとう。とても解り易い説明だわ」
 にこり、と美人で貴族のお嬢様に微笑まれて、ヴァストは照れまくった。あることないこと、銃器開発に関する機密事項から、装飾の由来、帝国の兵器の変遷まで、上気した顔でなにからなにまで話しまくっている。別にいいか、とシェルジェンナは思うので、止めないが。今は、一人でも多く、味方は欲しいのだろうから。
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