エリアは、ユーナの土産物探しの案内に、ミーネを指名した。 ユーナが彼女の部屋に行くと、「忙しいから」と邪険にされた。むきー。顔に出さずに、心の中でそいつを呪った。田舎者の分際で、この私を誰だと思って―― 「連れていってあげてもいい」 同じ部屋にいた、無愛想な感じの娘が言った。愛想のなさでは、ユーナも負けてはいないのだが。彼女の場合は、なんだかやる気のない、面倒臭いという言い方である。少々、上擦ったような声で、ミーネにも似ている。トーンが低いため、彼女よりやや暗い印象ではあるが。 髪が長い。ミーネと同じくらいだが、真っ直ぐに降ろしている為、膝下まで届く。前髪も長く、目が隠れるほどのものを左右に分けている。この街では珍しく、貴族ふうの髪型である。エリアやミーネ、衿奈――大抵の人間は、庶民ふうの適当に前髪を垂らした髪型をしていたが。ややタレ気味の目は、ミーネとはあまり似ていないようだ。黄土色っぽい髪や瞳の色も、父親に似たのだろうか。半袖の白いシャツに、黄緑色の丈の長いスカートをはいている。 とりあえず、ユーナは今のところ身長その他で、その娘に負けてはいない。 ユーナ自身はあまり関心なさそうにしているが、実は彼女はなかなかに良い体型(スタイル)をしている。その娘――シェルなんたらいう長ったらしい名前の彼女も、十二歳という割には、発育は良い方だろう。反対に、ミーネの方は、ただひょろ長いだけという印象が強いが、本人に言うと怒りそうだし、どうでもいいことなので言わない。 「ああ、丁度いいや。ヒマなら面倒みといて」 こちらを見もせずに、ミーネは言う。考えてみれば、彼女とてこの教団の幹部であり、やらなければならないことは多いはずである。ならばエリアは、最初からこうなるであろうことを予測して、ユーナをこの娘に案内させるつもりだったのだろうか。 「こっち」 と、案内されるままに、ごちゃごちゃと入り組んだ、北側の街外れの道を歩く。大聖堂から見て裏手に当たる。油断すると迷いそうだ。そうして、少し大きめの建物に辿りつく。中から、カンカンキンキンと、なにか金属を叩くような音が聞こえてくる。工廠かなにかだろうか。 「――間違えた」 案内の少女、シェルなんとかが言った。 「こっちじゃなかった。道、間違えた」 「どこに連れてく気だったわけ?」 「――お花畑。エリアに案内しろって言われたから」 やっぱりそうか。あの女、本当に私をお花畑に連れていく気だったとは。 「まあいいか。ここでいい?」 やる気なさそうに、そう言う。シェルなんとかが。 「ここは?」 「鉄砲工場。たぶん」 え――? ユーナは目をぱちくりさせた。ビンゴだった。そう、こういうのが見たかった。 「ここがいい。ここ見して。――ここじゃなきゃヤダからね。やったーっ!」 小躍りして。にこにこして。それまでとは、まるで違うユーナの姿。十八歳の少女の、彼女の本当の姿がそこにあった。関心なさそうにシェルジェンナがそれを見つめている。 「命令だから、」 ダメだとは言わせない。今さらっ! 「臨機応変! 適材適所! 戦況は刻々と変化してゆくものよっ!」 「――いいけど。暴れるのは、なしで」 てくてくと、入口らしいドアに向かって彼女は歩いていく。ユーナが慌ててそれを追う。 「あれ? シェルちゃんじゃん、どした?」 入口近くで作業をしていた少年が、彼女に気付いた。 「命令――無視は良くない」 はてな? という顔をして、それから少年はニカッと笑う。元気が良さそうだ。年齢はユーナと同じくらい。短めの金髪に、バンダナ。作業着。ユーナから見れば、頭悪そうな庶民の服装。工廠の徒弟といった印象である。 「おやっさーん! 娘さんが会いに来てますぜーっ!」 少年が奥に向かって大声で呼びかける。多くの作業員が、同じユニフォームで並び、黙々と作業を続けていた。なにやら金属製の部品を造っているらしい。シェル――面倒だからこれでいいか、こいつもそう呼んでたし――の言う通りならば、それは、小銃や大砲の、部品で。 「誰が、おやっさんだ。私は祭司の――君は?」 奥から出てきた祭司服の男――ローレン・クラッテオが、不思議な顔をする。 「エリアが、見てけって。ね?」 シェルに目配せ。通じるものかは疑わしいが。 「――らしい。お花畑、見せろって言われた」 やる気の欠片も感じさせない言い方で、彼女は言った。 はぁ、とローレンは、ため息をつく。自分の娘ながら、この覇気のなさはなんとかならんものかと思う。才能は、あると思うのだ。特に頭がいい。自分よりも、ミーネよりも、もしかしたら、エリアよりも。自分たちの亡き後に、教団を支えていく存在になって欲しいのだが。 「ここには、花なんてないぞ」 「教団のは、高潔だから。フォーウッドは――陽気だったかな」 シェルが言う。ローレンも少年も、ユーナにもなんのことか解らない。ユーナの知っている、といっても実際に会ったことはないが、フォーウッドは陽気というタイプではないと思う。神懸ってるとでもいうか。普段はむしろ淑女と言える、少々ボケたところのある女性なのだが、戦場に出ると人が変わったように沈着冷静、言葉少なに的確な命令を下す。そういう話である。多重人格なのかもしれない。それなら、陽気な人格もあるのだろうか。 「セルーシアが怒ってた。変なものに花や鳥の名前を付けるなって」 と、シェルジェンナ。 クレマチス――は花の名前。花言葉は、たしか『高潔』『美しい心』とか。 伝統である。帝国では、昔から名刀名剣名槍の類に『鳥の名前』をつける風習がある。起源までは知らないが。それに倣ったか、初めてこの国に銃器――当時はまだ火縄銃だった――が導入された際に『花の名前』を付けた奴がいる。それ以来の、伝統というか。 「弐礼祭司が自分の刀を『葦切(よしきり)』と呼んでいたが…」 「鳥だの花だの言われても、そんなの鍛冶屋の趣味なんでしょう、結局?」 ローレンとユーナは顔を見合わせた。聞いたことはあったかもしれないが、名前の由来なんてどうでもいいとか言って、さっさと忘れてしまったのだろう。どのみち使い捨ての武器なので、いちいちそんなのは気にしていられなかったし。 彼等のそのような考えは、この国の大抵の貴族に当てはまるだろう。 そういえば、ドレイスンで使っていたのも、たしか『サイネリア銃』なんて名前だった気がする。あれ、花の名前なのか? 女の子のユーナにしてから、そんな有様であるのだし。よほど興味がない限りは、そんなことは知らないものだ。そもそも、クレマチスってどんな花よ? きっとすごくマイナーな花ね。私だって、チューリップやリーリエ(ユリ)とかなら、わかるのだけど… |
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