「――わたくし、広き沢のミツネが麾下、ユーナ・ドレイスンと申します」
 優雅に、美しく。頭を垂れたその少女は、年齢はセルーシアとあまり変わらないように見える。銀色の髪は長く、僅かにウェーブしている。漆黒のドレスに身を包んだその少女は、なかなかに美少女ではあったが、どこか暗い情熱を内に秘めたような――良く言えば神秘的な雰囲気を醸し出している。「夜魔(やま)族は恐ろしい」とよく言われるが、こういうことであるのかとミーネなどは思う。その黒き衣は、彼等の聖衣であるのか、それとも彼女の喪服であるのか。
 ドレイスンと彼女は言った。今はなき三公が一つ、ドレイスン公爵家。彼女はその生き残りであるのだろう。ドレイスン家は、当主アプレシルの死後、血で血を洗う相続争いの挙句に疲弊し滅んだ。アプレシルは、相天やフォーウッドの当主と共に、弘兼によって処刑されたと言われる。ユーナの父や母も、その抗争の中で生命を落としていった。ユーナは逃れて各地を転々とし、最後に夜魔族を頼った。衿奈と同じように。衿奈がエテルテアではなく、夜魔族を頼っていたら、今頃は一緒に帝国と戦うとも戦友であったかもしれない。
 夜魔族は、もうずうっと昔に帝国が滅ぼした『任(レン)』という国によって辺境へと追いやられた『古き民(アンシアン)』と呼ばれる先住民族で、農耕を主とする帝国と異なり、山岳地や沼沢地、海で狩猟採集生活を営んでいる。ライネルドの建国事業に協力した周辺諸族の一つであるが、皇族も出さず、諸侯に数えられることもない。半独立の勢力で、度々帝国に背いたが、地勢からか旧恩からか帝国も進んでこれを滅ぼそうとせず、現在に至る。彼等が蜂起するのは決まって帝国内の政治が乱れた時であり、戒めの意味もあったのかもしれない。皇帝ルシフォルが三公を欺くべく暴政を繰り返した際にも、彼等は背き、周辺の諸侯を巻き込む大惨禍となったことは、既に述べた。その時に、講和の条件として帝国に差し出された人質の一人が、現在の長ミツネである。彼女は、皇族清戸高安(きよとたかやす)の寵を受けて高いレベルの教育を施された傑物であり、先進性に富んだ君子である――ユーナはエリアにそう伝えた。元来、頑健で寿命も長い種族で、自らを「世界を創り給うた竜の末である」と誇る彼等が、帝国流の高度な用兵術を身に付けたとしたら、それは脅威であるし、味方にすれば心強いであろう。そうユーナは言う。つまるところ、
「我等夜魔族と、エテルテアとの同盟の締結を提案する」
 そういうことである。
「我が軍は、少数なれど精鋭揃いである。個々の力は、帝国兵を遥かに凌駕するであろう。が、如何せん生産力に乏しく、長期の戦に耐えられぬ。ゆえに、帝国に後れを取ること、先の戦を見ても明白である。武器弾薬食糧――及び技術供与を、」
「見返りは?」
 ユーナの言葉を遮って、ミーネが問う。もと公爵の娘だか知らないが、随分と横柄な態度が気に入らない。まだ、衿奈の方が可愛いとさえ思う。侯より、公か。昔は、そうだったのかもしれないが、既にここは帝国ではない。エテルテア共和国。ミーネ的には、そうなのである。
「再び帝国が軍を興した際には、蜂起し、後背を扼し、あわよくばこれを討――」
「ぬるいっ!」
 衿奈が、机をバン、と叩いた。再び言葉を遮られたユーナが、ギッと彼女を睨む。
「そんな条件は呑めない。今すぐ、帝都を攻撃するくらいのことはしてもらわないと」
「――お前は馬鹿か」
 カチン。
「馬鹿に馬鹿と呼ばれる筋合いはないっ!」
 片や、腕を組み、フンと横目で睨んでふんぞり返り、
 片や、口の端から白い牙を覗かせて――フゥゥと唸り声。
 やれやれ困ったわねえ、とエリアは肘を立てた両手の上に顎を載せている。
「こんな馬鹿が世継ぎにすらなれぬ相天では、滅ぶのも致し方なきことよの」
「こんな陰険な奴しかいないドレイスンなら、家中分裂もお手のものかしら」
 忘れていた。三公は表向きは仲良しだったが、裏では、お互いを蹴落とそうと躍起だったっけ。フィリアは頭を抱えた。ミーネは渋い顔で、二人の馬鹿高級貴族の娘どもを見つめている。黒いドレス姿のユーナと、白い長衣姿の衿奈が、睨み合っている。
 まるで、真っ黒な鴉と真っ白な猫がケンカをしている――ように見えなくもない。
「はい、お終い。あんたも恥の上塗りしてんじゃないの」
 藤樹が、グイッと衿奈の肩を押さえつけた。お互いに戦友(とも)には、なれそうもなかった。
「むぅ…」
「フフン」
 勝ち誇ったようなユーナに、エリアは言った。
「お花畑の作り方でしたら、教えてあげてもいいですよ?」――と。
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