数年は、平穏であった。その間にエテルテアは、さらなる発展を遂げたと言っていい。
 あの戦争――帝国でいう、『第一次エテルテア征伐戦(プルミエーゲル・エテルテア)』(教団では、『第一次防衛戦(ファースト・ディフェンス)』という)の終結から、これまでにマルザス帝国の内部で起きた出来事を記しておこう。
 フィリア・エーリンスは、エリアの説得に屈し、教団の祭司となった。エテルテアの大将軍になったと言ってもいい。セルーシアには、「貴方が、この教団を『国(ネイション)』にしてください」――そう言われた。マルザスを宗教国家に。そういうことだとフィリアは思った。彼女はまた、「綺麗な戦争をしてください」などとも言った。戦争に、綺麗も汚いもない。ミーネがやったことは、汚いことだ。騙し討ちという、姑息な手だ。学生時代、模擬戦で偶にそういう戦いをしてくる奴がいた。悪いとは思わない。それが戦争だ。好き嫌いで言うのなら、好きではない。それだけのこと。なんだ、気が合うな。そんなふうに思った。綺麗事を言うような奴は、嫌いではない。特に、エリア・カレティアのように自分の汚さを自覚しているような者は。フィリアは、エリアが好きだと思う。それだけのことだ。
 騙されていることに気付かなければ、人は、幸せでいられるのだと思う。
 エリアは、この教団を騙し続けられる人間だ。後の始末をセルーシア一人に押し付けて逃げる。そういう汚い奴だ。汚い奴のやる、綺麗な戦争――それを、人は完勝と呼ぶ。
 皇帝レイムル・ロフトは、大将軍カユウ・フォーウッドに完勝した。
 前皇帝の侍従であったウォジネット子爵が、偽勅をもってレイムル討伐を諸侯に命じた時に、カユウは、敢えてそれに乗った。帝国軍は対エテルテア戦で惨敗した直後である。勝算ありと踏んだ。しかし――。諸侯連合軍は、綺麗に分裂した。宰相リデールの、汚い工作のせいで。
 カユウ・フォーウッドは、綺麗に負けた。これ以上ないほどの、見事な完敗であった。
 現在、彼女は自領に引き篭もり、再起の時を窺っている。人材収集に余念がない。連合を組むのではなく、自前の戦力が必要だ。信用ならない貴族の軍は、もう使えない。
 オイカ・イロートオという騎士がいる。知勇兼備の名将と呼ばれる逸材である。彼は、諸侯連合軍に連名し、レイムルの留守を突いて、少数での帝都襲撃を行った。その戦いで、彼は少女一人を誘拐した。それが、彼の戦果である。それだけで、一兵も損なうことなく。彼は、その戦いに勝ったのだ。少なくとも、彼自身はそう思っている。その少女の名を、紫川綾世(しかわあやせ)という。綿密な計画のもと実行された作戦に、気付く者は皆無であったのだ。
 イロートオ男爵は、南方の大都市テステラーテをほぼ無傷のまま制圧し、反レイムルの旗をそこに推し立てた。十三歳の皇族紫川綾世を総帥とするその『国(ペイ)』には、藤原、サンスィータなどの有力貴族、武名高きスフォイ家、そしてシデルグ・ミハルディン男爵等、そうそうたる人材が集まっていた。それが、シデルグの言う「準備」であったのだろう。
 紫川綾世は美少女である。今や、テステラーテのアイドルである。目指すところは違っても、オイカは、エリアと同じ政治家であった。政治家は、人を騙すのが上手い奴がなる。そう思うのは、シデルグやフィリアたち武人の抱く、偏見というものだろうか。
 南東郡では、夜魔(やま)族の長となったミツネが、再び帝国に対し叛旗を翻していた。
 時に、帝国暦六〇三年――。
 エリア二十九歳、セルーシア十七歳、衿奈が二十一歳で、フィリアは二十八歳である。
 この年、南東郡の夜魔族から、エテルテアに使者が派遣されている。
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