「御助勢、感謝いたす」
 栗毛の馬から飛び降りるようにしながら、緑色を基調とした軍服姿の弐礼衿奈(にれえりな)が言う。
「いや、貴公こそ、見事な戦いでありました。さすがに、」
「うむ。――フィリア・エーリンス殿か」
 シデルグを一瞥して、衿奈はフィリアの前に立ち、身を屈めた。
 彼には、それが気に入らない。同じ貴族。偶々、侯爵の娘であっただけで。
 ――偉そうに。
 そう思う。本当のことを言うならば、大義だとかマルザスの血筋なんてものはどうでもいい。レイムル・ロフトが皇帝になった。貴族でもない、出自すら怪しげな一介の軍人風情が、だ。それが最も気に入らない。奴がなれるなら、自分だってなってもいいはずだ。しかし、
「負け戦は、したくないものだな」
 その言葉は、フィリアに、レイムルに向けた言葉。衿奈にも、向けた言葉であったかもしれない。レイムルは負ける。自分が倒す。もし自分が負けても、誰かが奴を倒すだろう。皇族を残らず始末してしまわない限り、軍人や貴族は皇帝にはなれない。なってはならない。負けるからだ。必ず。皇族の後ろに立つ者が、勝者になる。それが、この国の姿である。レイムルが負けるというのは、つまり、シデルグが負けるということである。奴は、皇帝などになってはいけなかった。フォーウッドに代わり、大将軍になるべきだったのだ。
 フィリアになにごとか呟き、衿奈がすっくと立ち上がった。
「ミハルディン卿は、ミーネ・アルリナウとは大親友だとか」
 大親友? なんの話だ、とシデルグは思わなくもなかったが。
 ――ああ、そういうことか。そういう表現も、あるだろう。納得した。
「まあ、な。会っていろいろと話したいこともある」
 フィリア生け捕りの報酬は、はずんでもらわないといけない。その金で、部隊を大きくする。マルザス帝国大将軍、それが彼の目指すべき終着点である。推し立てるべき旗は、既に決めてあった。無論、レイムルなどではない。弘兼雄飛(ひろかねゆうひ)でもない。
「このまま、エテルテアに留まるつもりはないか?」
 その衿奈の言葉に、首を横に振る。ここには、彼の振るうべき旗はない。
「別の大親友が、待っててくれるんでね」
 紫川綾世(しかわあやせ)。それが、彼の立てるべき旗印。そのための準備は、もう出来ているのだから。
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