「フィリア・エーリンス、なるほどいい将だ。しかし――、」
 ニヤリと、シデルグ・ミハルディンは不敵な笑みをもらした。
「大義というものが、解っていない」
 指揮杖代わりの剣を、大きく左から右へ動かす。それに合わせて、クラッテオ隊に突っ込む姿勢を見せていた騎兵部隊が、さっと転進。今まさに敵の陣地へ雪崩れ込まんとするエーリンス隊に向けて突き進んでいく。
 クラッテオ隊は、崩れなかった。再び、ミハルディン隊を援護するような形で、銃撃を再開する。後方からは、榴弾砲が轟音を響かせて、前方の敵部隊を吹き飛ばした。隊列が乱れる。そこへ、ミハルディン麾下の軽装騎兵隊が、騎槍(ランス)を構えて雪崩れ込んでいく。
「いけぇ! 簒奪者、皇家に有らず皇帝を騙るレイムル・ロフトのイヌ、エーリンスの軍勢を叩き潰せ! 貴様らの力をニセ皇帝軍に見せつけて来い! ――キャラーック!!」
「おうっ!」
「貴様は俺と来い! エーリンスの本営を突く! 捕らえて、エテルテアの女宰相に差し出してやる。行くぞォ!」
 シデルグとキャラックの直下にある騎兵二個中隊が、乱戦状態にある戦場の後方へ――指揮杖を手に、戦線を維持する為に必死に声を張り上げる、フィリアのもとに殺到する。残りの兵士はすべて、敵――エーリンスの本隊を包囲するように戦闘参加していく。
「おのれミハルディン! 帝国を裏切ったな!」
 フィリアが吠えた。剣を抜き、殺到する騎馬兵と切り結ぶ。女にしては、強い。
「帝国だと? マルザスの血も継がぬ者が!」
 シデルグが剣を頭上で大きく回す。包囲しろ、という合図だ。
「そのマルザス家の帝国を否定するのが、エテルテアの教団だろう!」
 一人、また一人と、フィリアの供回り衆が討ち取られていく。
「利用できるものは利用する。それが俺の、主義なのさっ!」
 シデルグの愛馬ドラクルスが疾る。
 ギィン!
 振り下ろした剣と剣がぶつかり合う。そのままの勢いで、シデルグが走り抜け、
「今は――」
 手綱を引く。ヒィィンと黒毛の駿馬がいなないて、前脚を持ち上げて振り返る。
「姑息に勝つ。名を上げる。力を付けて、レイムル・ロフトを討つ!」
「貴様如きが、」
「俺ではない。マルザスの名が、奴を討つのだ。我等はただ、振るうべき旗を持って――」
「チッ、」
 フィリアは大きく戦場を見た。味方が敗走している。
 ミハルディンの騎兵隊が、それを追撃して、足の遅い歩兵を次々と屠っていく。
 ――自分が直接指揮していれば、逃げるにしても、もう少し上手くできるものを…
「追撃をやめろ。兵たちに罪はない」
 フィリアは、剣を投げ捨てた。降伏。フッ、とシデルグは笑い、
「キャラック、行って奴等を止めてこい! この戦は、――これで終わりだ」
「応! 二個小隊、続けっ!」
 キャラックが命じ、部隊の一部が馬を駆って走り去る。彼等と入れ替わりに、小隊規模の騎兵の一団がこちらに向かってきていた。エテルテアの教団旗を掲げている。
 弐礼――衿奈か。まだ小娘だというが、
「縛れッ!」
 フィリアの鼻先に剣を突き付けるようにして、命じる。シデルグ麾下の兵士たちに馬上から引き摺り下ろされた彼女は、大人しく後ろ手に縄で縛られていく。抵抗はしない。
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