「ほぉう、ヘボ軍隊とか言う割に、頑張ってるじゃあないか、奴等も」
 帝国軍左翼大隊指揮官シデルグ・ミハルディン男爵は、黒毛の駿馬『ドラクルス』に跨りながら、各隊が戦闘を開始してからも、じっと戦況を傍観していた。エーリンス隊は、敵の砲撃と射撃に阻まれて、なかなか前に出られないようだ。アーヴァインは、こっぴどくやられているらしい。さっきから、エーリンスの伝令が「敵の側面を突け」とうるさい。しかし、まだ早い。戦場には『機』というものがある。なんだかんだと理由をつけて、彼は動かなかったのだ。
 クラッテオ隊――エテルテア本隊は、三列横隊で三段撃ちの戦法を採っていた。前中後列が順番を入れ替わりながら射撃を行う。前列が撃っている間に、中後列は弾薬の装填を行うのである。とにかくこれだけはできるように、徹底的に兵員を鍛えた。戦法自体は、衿奈が採ったものと原理的には同じものであるが、部隊の移動がない分、こちらの方が楽であり簡単であるのは間違いない。また、後方本陣からの野戦榴弾砲による援護もあった。
 加えて、総大将であり彼等の天使であるセルーシア様が間近で様子を見ておられるのだ。無様な戦いはできない。彼女を危険にさらすなど、もってのほかである。兵たちはそう思い、必死になって戦っている。セルーシアを衛ることが、今の彼等の全てであった。
 セルーシアは、遥か後方の聖堂に篭り、彼等の無事と戦の勝利を祈っている。その思いが力を与えるのか、戦況はややもすると、教団側に有利であるようにさえ思えた。敵左翼が無傷のままで残っている。その事実を除いては…

 エーリンス隊は、敵本隊からの銃撃とその後方からの砲撃を避けるべく、部隊を僅かに後退させている。左翼のミハルディンに督促を繰り返しているが、彼等が動く気配はない。
「くそ、これだから傭兵などというものは!」
 と、彼女が痺れを切らした頃に、ようやく彼等の一部に動きが見えた。約半分の軍勢が大外からクラッテオ隊の側面に突っ込む動きを見せたのだ。それに気付いた敵本隊に、動揺が走る。それを、エーリンスは見逃さない。わずかに銃撃と砲撃のタイミングがずれた。
「やはり急造の部隊だ。いけっ!」
 馬上で指揮杖を振り下ろす。長槍を構えた軽装の歩兵が、一気に前方の土塁と柵を目掛けて突き進み、援護の大砲が火を吹いた。恐慌をきたしたエテルテア軍は総崩れに――
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