「ちっ、標定砲撃もなしに、かすれば上出来か!」
 砲兵に砲撃指示を出した藤樹は、イマイチな成果に舌打ちした。そもそも砲撃というのは、何度か撃って弾着地点を微調整してから行うものである。いきなり当たるのは、ただのマグレというものだ。当たれば幸い。どんなに緻密な計算をしたところで、外れるものは外れる。
 こんなものだ。そう納得する。矢作、青木、巴の三隊は、既に各々の判断で近接戦闘に入ろうとしている。これ以上、ここからの砲撃はできない。
「砲兵は砲を破棄して騎乗! 三隊を援護!!」
 左の腕を大きく横に広げて前へ。
「包囲殲滅戦、移れぃッ!」
 衿奈の号令が、小さな丘の上の、小さな教団旗の下で発せられている。

「申し上げます! 弐礼衿奈(にれえりな)様、敵右翼アーヴァイン隊撃破!!」
 背中に旗を差した弐礼隊の伝令兵がエテルテア軍本陣に駆け込み、片膝を突いて戦況報告を行っている。乗ってきた馬は、本陣の誰かが手綱を掴んで止めていた。
「御苦労」
 言葉少なに、大将役の少女は伝令兵の労をねぎらう。大きな兜の陰になって、兵からはその表情は窺い知れなかったが――薄氷色の美しい髪が、時折小さく風になびいて、さらさらと揺れている。
「衿奈に、追撃は控えるようにと」
「御意」
 少女の傍らに立つミーネの言葉にそう答え、伝令兵は自身の隊へと戻っていく。
 矢作草揺(やはぎそうよう)は今、むちゃくちゃに緊張している。
 かなり冗談じゃない有様である。畏れ多い。自分などが、代役とはいえ総大将を務めている。
 結局、エリアはセルーシアを戦場に出すことだけは許さなかったのだ。しかし、「大事な大事な天使様がすぐ後ろで見張ってりゃ、逃げたくてもできないでしょ」という、藤樹の意見はもっともであったし、本隊の潰走だけは絶対に避けなければいけなかったから、
 ――背格好が似ている。それだけの理由で。
 髪も変な色に染められちゃったし……。
 それでも、作戦自体は成功していた。クラッテオの率いる本隊は、一人の落伍者も出さず、いまだ戦線を支えつづけていた。といっても、間断なく銃撃を繰り返し、敵を近づけさせないでいるだけなのだが。彼等の練度を考えれば、それこそ上出来と言えるであろう。
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