「いけっ!」
 衿奈が、采配を振り下ろし、三列縦隊のいちばん右の列、矢作(やはぎ)隊が駆け出す――。
 弐礼隊は、部隊を四つに分けていた。うち三つが、小銃装備の軽装騎兵である。動きを妨げる甲冑の類はほとんど着けていない。胸甲に鉢巻。相天軍の歩兵『足軽』のような軽装備である。これまで彼等の言う騎馬隊といえば、鎧兜姿の重装備部隊であった。この変化は、「今後の戦は、機動性重視の戦になるだろう」という軍師藤樹の献策を、大将衿奈が受けたものである。
 当然、軽いのだから、速い。
 疾風のように敵陣に迫った矢作隊は、そのまま正面から突撃――をかけることなく急停止。ちょうど銃の射程範囲に入ったところで、敵に対し横隊の形を取り、一斉に、
 ――ズドン!
 クレマチス小銃が火を吹いた。両手で構えて撃っているため、命中精度は高いが――。
 カンカン――と、射程ギリギリでの射撃は、敵のぶ厚い重装甲にはじかれてしまう。
「ちぃ! 黙って見てろっつうの。大盾、構えっ!!」
 アーヴァインが叫ぶ。重武装鎧兜姿の歩兵部隊が、その巨大な鋼鉄の盾を構えた。矢作隊は、そのまま円を描くような軌道をとって走り去っていく。彼等が発砲したさらに外側――敵陣により近い位置に、続けて青木(あおき)隊が到着した。同じように銃を構えて、
 ――ズドン!
 ギィィン!
 さっきよりわずかに至近からの銃弾が、アーヴァインの布いた密集陣形(レギオン)を襲う。
 鋼鉄の盾がそれを防ぎ、はじき返した。一部の兵が、運悪く直撃を受けて、斃れる。
「俺らの足を止めようってのかい! ええい、カトンボがぁ!」
 アーヴァインが叫ぶ。すぐに、敵の第三波の射撃。さらに近い。今、奴らに背を向けたならば、確実に自軍の損害は大きくなるだろう。こんな戦で多くの兵を失いたくはない。話が違う。掃討戦だ。そう言うからエーリンスに付いてきてやったのだ。大体だ、こんな布陣があるか? エーリンスには、相天の奴等が当たるのが本筋ってもんだろうが。くそ、
 ――分けるか。俺らも部隊を分けて、敵本陣を――
 ズドン!
 第四波の射撃。続いて第五、六、七…
 ズドン! ズドン! ズドン!
「うざってえ、調子に乗って寄ってくるか、ハチどもが!」
 アーヴァインは、気は弱いくせに、調子に乗って突っ込みがちな将である。麾下の将兵たちもそれを解っているから、――命令もなしに、彼の下すであろう次の命を実行した。規則的に、間隔を空けて撃ち込まれる鉛の銃弾に、とうとう最前列第一線の兵たちがキレたのだ。彼等は、剣を抜き、大盾を構えながら、敵の騎兵隊めがけて突貫していく。
「ウオォォォ!!」
 喚声が広がる。丁度、矢作隊が射撃の構えに入った時である。距離が近い。
「む、ひけぃ!」
 中隊長矢作の命で、構えた銃を撃つ間もなく、矢作隊は一目散に周回軌道を駆け出していく。そこへ、次の青木隊が到着し、銃剣を構えて敵の重歩兵隊と応戦。一、二度剣を合わせただけで、逃げるように周回軌道を外れて丘のある方――衿奈のいる弐礼隊本陣へ向けて駆け出していく。後続の巴(ともえ)隊は、怖れをなしたか途中で部隊に急停止をかけている。
「ぬぅ、勝手な。…まあいい。第二、第三線、続けっ! 敵将弐礼衿奈を討ち取れぃ!!」
 自陣で大声を張り上げて命を下していたアーヴァインは、
 ズドォォォン!!!
 その時、轟音が響き渡った。アーヴァインは、思わず顔を背けてしまう。「なにごとか!?」と顔を上げた時、彼は、自軍の密集陣の最前列第一線の右半分が吹き飛んでいるのを見た。大きな丸い砲弾が、地表付近で砕け散り、広い範囲に大きな損害を与えている。
 弐礼隊の野戦砲五門が、火を吹いたのだ。射程に入ってしまった。いや――、
「見えなかったぞ。あんなところに、大砲だとォ!?」
 前方の小さな丘の上、旗の真下あたりから、白煙が上がっている。
 くるり、と反転した弐礼の騎馬隊が、勢いを失ったアーヴァイン隊に向けて――
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