5日目(8月18日・後編)

ちょっとホテルに戻って身支度整え直したら、残りの観光に出発〜。

カラーン・モスクとカラーン・ミナレットへ。ブハラのシンボル、
カラーン・ミナレット。1127年にカラ・ハン朝のアルスラン・ハンによって建てられたもので、カランとはタジク語で大きいという意味です。実際高さは46m、土台部分は10mも地下にもぐっているそう。18,9世紀には死刑上となって、袋に詰めた死刑囚を塔の上から投げ落としたことから「死者の塔」とも呼ばれていたそうです\(>_<)/ 以前は塔の上にも登れたそうですが、この時は登れませんでした(-_-;)
ミナレットとつながっているのが
カラーン・モスク。1514年に建造されたブハラで最大のモスクで、サマルカンドのビビハニム・モスクに匹敵する大きさです。広さ約1ha。1万人の信者が礼拝できたそう。何か凄い見ものがあるわけじゃないけど。建物の装飾を眺めたり、日差しを避けて回廊を歩いてみたり、のんびりと楽しみました。

向いに建つのが、
ミル・アラブ・メドレセ。1536年に建てられた神学校です。残念ながら一般公開はされていないようです。

カラーン・ミナレットとモスク
(午前中に撮影したもの(^-^;) 
カラーン・モスクの内部
カラーン・モスクの回廊
208本の柱で天井を支えています
ミル・アラブ・メドレセ

続いて、アブドゥールアジス・ハン・メドレセ。あまり情報もないメドレセで、内部はお土産屋さんになっているんだけど。装飾や雰囲気など、何か良い感じ。

アブドゥールアジス・ハン・メドレセ 中庭はお土産屋さんに こんな風に利用されています 

道路挟んで建つウルグベク・メドレセは、15世紀初めに建てられた、現存する中央アジアで最古の神学校。こちらは入り口付近のモスク等以外はお土産屋さんもなく、建てられた時代が全く違うせいか、雰囲気も全然違いますね。

ウルグベク・メドレセ 中庭はこんな感じ

これで名所はほぼ見終わってしまったので、またラビハウズへ戻ってベンチでひと休み。
またまた、サマルカンド行きの列車で一緒だった女性と遭遇!! 時間的に、ちょうどブハラに着いて観光始めたところでしょ? と。ラビハウズの脇にたつナディール・ディヴァンベギ・メドレセはまだ入っていなかったので、一緒に観光。1622年に、大臣ナディール・ディヴァンベギによって建てられた神学校です。中はお土産屋さんやカフェになっていて、夏の夜にはショーも行われているようです。サマルカンドにもあったけど、偶像崇拝を否定するイスラムの教義に反する、顔が描かれているのが特徴です。
あっちゃんと同じく、まずはチョル・ミナルへ行ってみるという彼女へ、昨日、今日とで歩いてみた感じを伝えお別れ。彼女はブハラからタシケントへ戻り、1日早く帰国するとのことで、この後の街で会うことはなかったけど、良い旅できたかな?

後は、タキなどをウロウロして、必要なお土産を買って。タキ、とは大通りの交差点を丸屋根で覆ったバザールのこと。今はお土産屋さんが並んでいるけど、16世紀当初は専門店的要素が高かったそうです。

外から見ると形が特徴的なタキ。外光も入るのでそれほど暗くはないです

夕飯はラビハウズにあるレストランでプロフ。やっと食べられたぁ(笑) ようはピラフです(^-^; ローカルビールと一緒に♪


食後は、またビールを飲みながらのんびりと過ごしてからホテルに戻りました。

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