4日目(8月21日・中編)
そして、アテネを訪れた最大の目的の一つでもある、アクロポリス。海抜154mの岩山の上にあり、「高いところ(アクロ)にある都市(ポリス)」という意味をもち、ミケーネ時代(紀元前1600年頃)から人が生活していたようです。その後、紀元前5世紀、アテネ女神の聖域とされ神殿が建てられました。15世紀になるとオスマン・トルコの占領、対抗したヴェネチア軍の攻撃によって、大破してしまいました。 実際に観た順番、場所は、自分の頭の中でもごちゃごちゃ(;^_^A 行ったり、戻ったりもしてるし、はっきりと形として残ってるものはともかく、そうじゃないと、観ていながら、何なのか分ってなかったのもあると思います… ガイドブックに載っている順番で整理すると… 古代、アクロポリスの入口として使われていた、ブーレエ門、前門を通って中へ入ります。前門の南翼の手前にあるのが、アテナ・ニケの神殿。この辺、どこからどこまでが門で神殿か… よく分ってません〜(^^; でもこの後、遠目ではなく、間近で見ることができる、パルテノン神殿への期待は高まります。 前門を抜けた右手が、アルテミス・ブラウロニオンの聖域だったらしいけど、現在建物は残っていません。よく分かりませんでした(爆) アルテミス・ブラウロニオンの聖域とパルテノン神殿の間にあったハルコスィキ。こちらは、ガイドブックの写真と同じ場所が確認できたので間違いありません(笑)
そして、アクロポリス最大の見所、パルテノン神殿。アテネの守護神、アテナ女神を祭った神殿で、紀元前447年に着工、すべてが完成したのは紀元前432年です。神殿の大きさは、幅約31m、長さ約70m、高さ約10m。数字で書いてもピンときませんが、思っていたよりも、意外と大きいな(大きな姿のまま残ってる)と思いました。
アテナ古神殿も現在は礎石が残るのみ。アクロポリスは紀元前5世紀にペルシア軍に破壊され、現在残っている建物はその後再建されたものがほとんどのようです。 その奥に建つのが、エレクティオン神殿。6人の女神柱(模作。本物4体は博物館にあったらしいけど…)が美しい神殿です。 重厚で男性的なパルテノンに対して、優美で女性的。なるほど。うん、そういう感じがするかも。 東端にあるのが、展望台。国旗掲揚台になっています。先ほど見てきたオリンピア・ゼウス神殿、この後行く予定の古代アゴラなどなど。アクロポリス自体が小高い丘のため、その端にある展望台からは、市街を一望することができました。
一通り見学を終えたら、最後はアクロポリス博物館を見学〜、と思ったら… ありゃ? 閉まってる? 休館日とか、閉館時間を過ぎてるとかではないハズ。(入り口に何か書いてあったような気もするけど…) うーむ(--;)。仕方ないか… ガイドブックの情報が違ってるのかもしれないし、たまたま休みなのかもしれないし。 アクロポリスやその周辺で発掘された出土品、エレクティオンの女神像の実物等、見ごたえありそうなので、とても残念だけど、あきらめるしかありません(T-T) 帰国後、同じような時期にやはりずっと閉まっていたという話を聞いたので調べたところ… 博物館移転のため、7月2日に旧アクロポリス博物館(アクロポリスの丘の上、パルテノン神殿のすぐ側にありました)は閉館したそうです。 新アクロポリス博物館のオープンは9月の予定だったそうですが、作業遅延のため、2008年1月〜2月に延期されたそう(--;) まぁ、元々はオリンピックに合わせていたという話もあるし(^^;、海外じゃ、こういうこともありがちですね… いずれにしても、あっちゃんの今回の旅では見れなかったということです… レプリカを野外に展示してたらしけど、そう思ってみてないから、気がつかなかったわ…。 気を取り直し、再度パルテノン神殿を別の角度、位置からじっくりと眺めてみたり。 上から、ディオニソスの劇場や、ヘドロ・アティクス音楽堂を観てみたり。 入口の門の辺りをもう一度観た後、今度は間近から、ヘドロ・アティクス音楽堂が見えるところへ。元は2世紀に大富豪であったヘドロ・アティクスが建てたものですが、現在の観客席は1961年に修復されたもの。 通常は入場不可ですが、夏に"アテネ・フェスティバル"のメイン会場として、現在も演劇や音楽会が開催されているそう。 また機会があったら、そういった催しも観てみたいですが… 反面、綺麗に修復されていて、いにしえの趣は失われてしまっているかなぁ、という気もしました。
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