『同時多発テロから』

2機の旅客機が吸い込まれるようにビルに激突し、炎上した光景は、多くの人間を震撼させた。
私がアメリカに入り最初に持たされた現場は2機目の飛行機が激突したワールド・トレード・センター南棟の43階で、あの自爆テロの行為に決して無関係ではないと思われる、あることが頭をよぎり、飛行機が突入する光景は私を複雑な気持ちにさせた。

1機目が突入する光景は偶然にも撮られたもので、あれはおそらくビルの北側、ブロードウェイあたりにいた人が偶然収めたものだろうが、頭上を通過する時の飛行機の爆音はきれいに録音されているのに、ビルに吸い込まれて行く時の爆発音はない。その映像は私に、かつて日本空軍が決行した神風特攻隊の、飛行機が軍艦に激突するシーンにひどく重なってみえたのだった。

この1機目の突入を偶然捉えたテープは、確か事件後、2日か3日経って出てきたと思うが、その時にはもうこの事件が中東出身者によるテロ行為という憶測が流れていた。
中東出身者による飛行機を使った自爆行為。イスラエルでも散々起きている自爆行為にも言える事だが、50数年前のその自爆行為に繋がっている可能性を決して否定できない。それがまず私の頭を過った。



事件から1ヶ月が過ぎ、中東研究者を含む様々な方がテロの解説をしておられるが、その人達の発言にも、何故かこの自爆テロ行為に繋がっていると思われる中東での特攻機伝説はでてこない。何故だろうと不思議に思える。パレスチナ人による自爆テロはイスラエルなどで何度行われたことだろう。人が爆弾を抱えて飛びこむ。これは新しい攻撃手段として捉えられるからか?それとも、日本人はあえてここで過去の忌まわしい行為を掘り起こしたくないからか?

しかし、1980年代私は世界を歩きながら、中東出身者やイスラム教国の人間から、戦時中日本人が身を呈して行った特攻という自爆行為や、小国でありながらアメリカという大国にに立ち向かって行った行為を、自己犠牲的精神やファイト・スピリットという敬意と尊敬の気持ちを込めた言葉で、何度彼らから聞かされたことだろう。

現代の工業化による成功や勤勉さと同等に、彼らは我々日本人が作り出した過去の行為を尊敬の対象としていたように思える。それは自分達、強大な国や民とは比べ物にならないほどの力しかない日本人と同じ弱者が、大きな敵と戦うためにどうしても必要なテキスト的役割も担っているのかもしれない。現代の日本人からすれば、全ては拭い去りたい過去にも関わらずだ。

その事を思うと、私には今回の民間旅客機を使った自爆行為が、日本人には決して無関係ではない事と思えてならない。もし、テロを行った人間や、テロを先導している人達の心の隅に、50数年前、世界で初めて日本人が行った大掛かりな自爆行為そのものが、そのまま歪められた感覚で心の奥底に生き続けているとするなら、これは大変怖いことである。多くの時間が過ぎ去ったとはいえ、我々日本人も決して無関係、無関心をとうせるものではなく、地球人としての自覚をはっきり持って、忌まわしい行為にピリオッドを打つことに、積極的にならないといけないのではないだろうか。



イスラエルのゴラン高原に立てば、アメリカをバックにした国の豊かさと、その向こうに続くアラブの貧しさがよく解る。非武装のUNゾーンを挟んで、イスラエル側は多くの緑に覆われているのとは対象的に、シリア、ヨルダン側には貧しそうな家と岩だらけの痩せた土地が続く。イスラエル人達は海外の名立たるユダヤ企業、実業化達の手厚いバックアップで、数キロ下のバレーから、ポンプを使って水を高原まで汲み上げ、痩せた土地を緑に変えられるのだ。

この地にユダヤ人達が帰り、中東での血なまぐさいドラマが始まった。そして、それと平行して、本当に多くのユダヤ系企業、実業家達がアメリカの政界、財界でロビー活動を行い、アメリカという大国をバックに、戦略を張り巡らし、中東に大きな影響を及ぼしてきたことは周知の事実だ。

日本人は、この戦略という言葉に、あまりにも鈍感、無関心ではないだろうか?戦前の大日本帝国も含めて、世界の列強はどこも見えない所で、自国の利益になるように、自国の利益を生むために、今でも戦略活動を行っている。時としてそれが、今でも世界のどこかに戦争を生んでいるのだ。

良く考えてみて欲しい。敗戦国日本が新しい方向を模索し、決定しようとした時、アメリカの意思、発言などがどれだけ力を持っていたのか。憲法第9条を含めた日本国憲法制定にあたり、アメリカの戦略がどれだけ影響を及ぼしたと想像できるか。そこには、これから将来アメリカにとって悪い影響を及ぼす国にならないような。そんな意思が働いたはずだ。

結局憲法第9条は美化され、アメリカの望んだ通りの結果を生んだといえよう。第9条はそれだけ崇高なものだと思う。しかし、逆に言えば、この崇高な条文が、日本人に理想論ばかりを言わせているのではないだろうか。この崇高な条文を持ち出し、あれはダメ、これはダメと言っている人達に、果たして地球上の隅々までの人間達の生活を、自分の目や手で見て触れた経験があるのか?旅行はしたかもしれない。短期留学はしたかもしれない。しかし、それ以上の事をしてきたか?もし本当に多くの経験を積んだ人間なら、もっと現実的なレベルで話をし、討論を始めるはずだが。

山向こうの隣の村は飢饉です。庄屋さんも殿様も本当に良い人なんですが、人々は暴徒化し強暴になり、いつのまにかその中の1人がこの村のリーダーになっていました。庄屋さんも殿様もどうなったかわかりません。
そのまた向こうの村はというと、通ることも大変です。以前よそ者達が乗り込み、多くの村人を殺したそうです。そのために、よそ者は自分達に危害を加えるという先入観が彼らにできてしまい、近づくのも大変です。

こんな状況は世界に現実としてあることだ。最小限自分の命を繋ぎとめるために、他人の命を奪う。そうゆう現実は世界中いたるところにある。残念ながら、理想論を携えてこんな場所に行っても、聞いてもらう前に殺されかねないのだ。そんな解る人には解り切ったことよりも、平和、平和とさけんでいる国の人間をもう一度じっくり見回してもらおう。どうだい、いたるところで喧嘩はしてるしいがみ合ってるではないか。所詮戦争だって、こんなことの延長じゃないか。



ただ今回の同時多発テロに関連して、アメリカが言ったひとつの言葉は大変気になるので付け加えたい。
”ショー・ミー・フラッグ”
日本の自衛隊の憲法の枠を超えた行動を、案にアメリカは認めているようだ。ここまで日米同盟の結束が強くなった今、戦後すぐ始まった、日本をこれから封じ込めようとする戦略から、今度はうまく引っ張り出して、うまく利用する戦略に変わってきている。そんな感じにとれる。



今も記憶に確りのこっているが、本当にワールド・トレード・センター・ビルは大きな建物だった。
2棟の建物内には、確か260数基のエレベーターがあり、我々はいつも地下から作業用エレベーターを利用していたが、この地下空間も大変広く、地下のモール街は地下鉄の駅に繋がっていたので、朝はいつも地下街を通って上に上がるコースだった。

ビルに飛行機が激突した時間帯、地下街は相当込んでいたのではないかと想像される。ファースト・フードの店、レストラン、銀行と殆どのものがあり、エスカレーターが沢山配置されていた。通勤途中の人だけでなく、この空間だけでも色んな目的の人達がいたはずだ。

今回公表されている行方不明者の中には、アメリカに不法で長期滞在している旅行者や、メキシカンなどのような不法入国者達で、被害にあった人達は含まれていないと思う。私がニューヨークにいた頃の友達で、トレード・センター内でコーヒーやサンドイッチをカートに載せて、ビル内のオフィースを1軒1軒回り、売り歩く仕事をしていた奴がいたが、彼の仕事仲間は殆どが不法入国のメキシカンだった。ビル内や地下街で働いていたこういった人達のことは、これからどうなっていくのか少し心配な点である。