出国に際しての心構え
(長期の旅は、殆んどが出たとこまかせ。ただ、問題点はあらかじめ要チェック)
右か左か
旅を西廻りでするか、或いは東廻りでするかによって、考えなくてはならない点が幾つか変わってくる。ただ、これだけワーキング・ホリデーという制度を締結した国が増えると、、初っ端の訪問国はワーキング・ホリデーという特権が使える国を選択するに越したことはない。合法で長期滞在できる最初の訪問国で、仕事が大っぴらに出来る事で懐に余裕が生まれるし、言葉、習慣、自己の意識などにも余裕を生むことが出来るからだ。
残念ながら私の若かりし頃はといえば、オーストラリアが唯一それが出来る国だった。オーストラリアが唯一、一年間おおっぴろげに働きながら滞在できる国であったために、私はこの国から計画をスタートすることにした。しかし、あの当時は、お金を貯めるならアメリカ。という、貧乏旅行者達にとっての有名なおいしい話がアメリカにはあった。日本レストランなどでウェーター、ウェートレスとして働くことである。客からのチップが殆んどを占める平均収入、月2千ドル可能。あの当時の日本の若者には夢のような現実だった。
最初にアメリカで金を稼ぐなら東廻りだった。。アメリカに一年もいれば、後は余裕で世界を見て歩けるだけのものができる。ただそうすると幾つかの問題があった。まず一番の問題は英語を基本とした言葉が身に付かないこと。その後の訪問国で働かずとも悠々の旅では目的に反すること。最後にオセアニアを残せば、この地に入り辛い状況が生まれる可能性があること。などである。どっちを選ぶか考えた結果、私は西廻りを選んだ。
オーストラリアでまず足もとを固め、そこから西進を始めれば、厳しいなりにも実入りが多いからである。だが、私にはひとつ大きな問題があった。西廻りで行ってアメリカを最後のほうに残した場合、この国に入国するためのビザを確保しておかなければならないことだった。あの当時はまだアメリカにエントリーするためにはビザが必要で、ビザ取得後の有効期限は5年だった。これから書くことはもう時効だということで、改めて諸関係機関にはお詫び申し上げるのだが。
出国時、私のパスポートには1年少しのアメリカの観光ビザが残っていた。これだけ残った状態で新規の5年のビザをアメリカ大使館に申請しても、よほどの理由がない限りたぶん却下されると思われた。また仮に日本を出て3年も4年も経った状態でどこかの国のアメリカ大使館に申請に行っても、彼らはそう易々とビザを私に発給してはくれないし、その時点でビザを申請できる条件がそろえられるはずもない。とにかく色んなビザ取得のための条件が揃えられる日本で、どうしても5年先まで有効のビザを改めて取っておく必要があった。
だから私は思い切って罪を犯した。我が母にお願いし、引越しでパスポートを紛失したという口車を合わせてもらい、新しいパスポートを申請したのである。勿論外務省に対して始末書らしきものは書かされた。内心良心が咎めたが、計画を成功させるためには必要と思われたことなのでやるしかなかった。結果。今になれば結果なのだが、日本を出て4年後にうまくアメリカに入り込めたわけだ。
ついでに違法だがパスポートの重複所持について触れておくが、日本人はあまりやらないが、欧米人などはけっこうやっている。特にアラブ圏とイスラエルのような関係の、行き来を制限される地域で行き来をしようと思えば、これはなかなか役立つ方法といえる。紛失理由での海外での新規パスポート申請は、紛失した場所の警察の証明書があれば可能なことだ。タフな奴は殆んどがこの手を使っていた。色々注意を払う点もあるが、パスポートなんて所詮身分証明書にすぎない。やばい橋を渡っても色んな経験を積みたい。などと、開き直れればしてみる?
アメリカが現在のように建前上3ヶ月の観光目的での訪問がビザ不要となると、今度は観光ビザの必要なオーストラリアの方が問題になるかもしれない。そうなるとイージーウェイは西廻りということになる。ただ、ひとつだけ注意しなければならないのは、ノー・ビザでエントリーできる国ほど、実際は入国検査が厳しい。若者の特権でワーホリという切り札が使える国は、一度の出国で一カ国だけである。この切り札をうまく利用しつつ、ワーホリの制度を隠れ蓑にして計画を立てるのが、現状ではベストだろう。どこの国をどう切り抜けるかは、また違った問題だ。
とにかくビザがらみの国があれば、それは工程を進める上でハンディとプレッシャーに成りかねない。これに関してはよく調べておく必要がある。ビザ必要国への再入国。これも実は時として大変なものといえる。特にワーホリで長期いた国に、一度隣国へ出てビザを取り直して再入国したいと思っても、大使館が観光ビザさえ出さない場合がある。私の場合、オーストラリアからニュージーランドに出て、ニュージーの大使館で嘘八百を並べ何とかしたが、実に大変だった。
国境通過のために
長期の旅で何度も受けるパスポート検査。国が違い、思想が違い、政治が違い、経済状態が違い、諸々のために通行を制限されたりする。何度も国境を通過する度に、目に見える線引きもないあっちとこっちで、何でこんなことするのか不思議に思うことがしばしばあった。しかし、どこに行っても我々は検査を受けなければならない。この検査が長期の旅になればなるほど大変なものに変わってくる。どう切り抜けるかは他の項で触れるとして、その国境通過のために準備しておいた方がいいと思えるものについて触れておく。
もしどこかの国境で、「日本を出てもうこんなに経っているのに何をしていた。この国に何をしに来た。」と、運悪く引っ掛かったら、その時は丁重に理由を説明するしかない。そして、あまりにも相手の審査官がしつこかったらお慈悲にすがるしかない。昔、本当に厳しい旅をしていた頃、こういった状況に直面した人間の話はよく聞かされた。その話はあまりにも滑稽であり、執念に足りたものだった。殆んどの者が粘り、ある者は懇願した挙句土下座までした。身なり、所持金でそれとわかっていても相手は仕事で対応する。
先駆者はそこまでして歩みを進めようとしたのだ。金を持って簡単に出て行く今の若者の姿には絶対ダブらないが、私は先駆者たちに敬意を払う。心底誠意を持っての懇願。これに応えてくれたのも彼らである。日本の役人のように頭は決して固くない。していることに正論と、発言にチョッピリのユーモアでもあれば、必ずパスポートに笑いながらスタンプを押して突き帰してくれるだろう。
ただ、出来ることならその場をスムーズに通り抜けたいものだ。それならそれなりの準備が必要になる。単純に言って、相手が望むことは自国で不法滞在、不法就労をしてほしくないだけだ。金をばらまいて観光して出て行ってくれればそれでいいのだ。要は金さえ持ってればそれでいいのだ。それならその証を作ってやればいいことだ。
と、言うことで、私はいつも日本からの送金証明を持つようにしていた。資金調達のために滞在した国を離れ、移動を開始するにあたって、友達に頼みそれを送ってもらっていた。勿論友達の銀行の残高照会された英文の証明書と、送金を証明する手紙付きでだ。送金人が第三者だから手紙に適当な私の旅の目的。例えば取材名目などを付けて貰っておいたりした。この送金証明書は残念ながら長期の旅の間、幸運にも提示する必要に迫られることはなかったが、懐にあるだけで心強いものだった。
何と言っても長期の旅は、いくつもの国境を越えて行くこと。それにつきる。最初の頃の国境は低くても、進むにつれてそれはどんどん、どんどん高くなっていく。発展途上国ばかりを歩けばそうでもないだろうが、先進国を外す訳にはいかない以上、どうしてそのプレッシャーに勝つか。その手段を考えておく必要は絶対的にある。
ひとつだけ面白い男の話を書いておこう。私がヨーロッパにいた頃、1人の、確かイギリス人青年だったと思うが、「自分は行きたいところに行くんだ。」という気持ちで、殆んどお金も持たず、パスポートも持たず、徒歩と野宿。野宿というよりも、殆んどどこかの家にお願いして泊めてもらったらしいが。そういう旅を続けながら、確かロシアの国境まで行ったところで身柄を確保された。というニュースを新聞で読んだことがある。あの当時の東欧の国々の国境を越える事は至難のわざだったはずなのに、彼はその純真な気持ちだけで押し切って進んだようだった。人間は捨てたもんじゃないな。私はこの話を読んでそう思った。
出るときの心構え
数年前から日本の若者が海外で殺されのが目に付くようになった。何年前だったかアメリカに留学していた学生が射殺された時は、アメリカの銃社会のみならず、政治も含めたあの国の社会情勢そのものに反発が起こった。確かに銃所持は進められない。銃がらみの協会、メーカーなどから政治献金がでていることもたしかで、それによって政治家達が銃所持反対に尻込みしているのはあきらかだ。だが、それはずっと昔から続いていることで、その時に始まったことではない。そんなことは分かっていてそういった現実がある国に自分から出かけているのだから、要は本人の自覚があるなしの問題。本人の責任だと私は思う。
ああいった社会に入るには、きちんとした自覚が不可欠だ。自覚さえあればそれなりの行動をするし、行動が出来なければならない。それを怠ったとしか言いようがない。いい格好をしてショッピングセンターでチャラチャラしていれば、悪い奴には格好の獲物になるのはあたりまえだ。無警戒でのんびり餌を食む羊に狼が襲い掛かるのと同じだ。遺族を含め、多くの日本人からアメリカ政府に対して銃所持反対の申し入れがなされたが、アメリカを知る人間なら、例えどこかの上院議員が愛想よく理解をしめすポーズを取ったとしても、決して変わることはないと思うだろう。何故なら、原始的自由を守る、それはひとつの手段だからだ。
危険なのは別にアメリカだけではない。アメリカの悪い奴は罪悪感など持ち合わせないのか徹底的に悪いが、切羽詰まった悪ではない。それよりもむしろ怖いのは、ただ単に食い物を得るため、生きるために悪をしなければならない連中が多く住む国の方がもっと怖い。アフリカ、中南米。発展途上国と呼ばれる国にはこういった連中が沢山いる。長期の旅を考えるなら、そういった連中とどこかで接点が生まれる可能性が高く、狙われる可能性がある。うまくそういった連中をかわせるのか?常に考えておく必要がある。
出るな。とは言えない。自信がなくても出て行けば、何かで自信が生まれる。要はただ単に、目指すなら覚悟はしておいたほうがいい。ということだ。そして、日本社会からドロップ・アウトとして自分の夢を追うなら、おそらくそれは、同じような経験のない親、兄弟達からすれば、期待を裏切る行為に映るかもしれない。ひとりになることを選択した以上、きっちりと永遠になるかもしれない別れは告げて行け。