自己防衛
(生き抜く。生きて帰る。これからしようとしている事に対して生半可な気持ちで挑むな!)
心づもり
私は旅の間中、周りから見て金目な物は殆んどといっていいほど身に付けていなかったし、持ち歩きもしなかった。こうして旅に関するホームページを立ち上げてみると、写真位取っていればもっと詳しく伝えることができたのに。と、思うのだが、残念ながら旅を続けていたあの頃の私には、そんなことよりもまず身を守ることの方が何をおいても最優先で、とにかく街中を歩く時は手ぶら、観光者風情はとらない、生きて帰るために、長く旅を続けるためにそうした。
だいたいにおいて日本人は他の先進国から来た者よりも甘く見られているし、実際に持ち歩く金品も多い。私の本音を言えば、そういった同胞の姿は、ぎりぎりのところで旅をしている私にはしごく迷惑でもあり、自分が同等に見られたあげく狙われた。などということになりたくはなかった。お金持ちの日本人と見られることイコール危険なのである。ショルダー・バックや小さなリュックにしても、日本人が持っているものなら中に必ず何かある。相手はそう思っていると考えた方がいい。
実際、世界中で最も危険な南米ブラジルで、私は一度はまんまとやられ、もう一度は何とか逃げおおせた事がある。知っていると思うがブラジルなどの南米諸国には、家を持たない、或いは自発的に家を出たために生まれるストリート・キッズ(アメリカでいうとこのストリート・ギャング)が多く存在する。彼らは必ず複数で行動し犯罪テクニックに長けている。
一度目はリオネジャネイロのビーチで、着替えと帰りのバス賃が入った小銭いれ入りのボロいショルダーを、タバコをくれという口実で注意を反対方向に向けさせている間に奪うという手口でやられ。二度目は14,5歳前後の2人組の子供が、腕時計を奪う目的で執拗に付回してきたが、これは相手が相手だけにこっちも対応に困ってしまったが、多少の脅しで何とか旨くごまかすことができた。こういったことは本当に日常茶万事なのである。
通常私の場合、腕時計以外に身に付けているといったらパスポート・ケースだけだった。このパスポート・ケースも日本を出る前に、皮細工をしている友達に頼んでわざわざ作ってもらったもので、パスポート、二つ折りしたT/C,重要書類などが入るコンパクトなもので、ロック・アップが出来、ベルトを通して腰に付けられた。前から一見するとガン・ホルダーに見えるので間違われることもあった。
街中でいざという時に必要なのは、両手が使える。これに尽きる。かさばる物はどうしてもいざという時の妨げになることは誰でも解かるはずだ。いずれにしても、長期の旅は個人行動するということを前提で物事を考えなければならない。そして、自分の身は自分で守るという観点から色んな状況を想定して、常に対処できる姿勢と心づもりでいなければ失敗する。
行動パターン
旅を続ける中で最も危険な時期は、間違いなく初めての土地に足を踏み込んだ直後だということは容易に想像ができると思う。初めての土地に入ると殆んどの人間がガイド・ブックを片手に立ち止まってはきょろきょろしているので、悪い奴から見ればこれほどかもを探すのが簡単なことはない。特に卒業シーズンになると、何か違和感のある、ヒョロとした日本の若者が目につくようになり、いつも私は不安を感じていた。
誰でも想像できることだが、一番目に付かず目立たないのはその場で普通に暮らす者の姿だ。我々の服装、態度などがそこに住む人達と何だ変わりがなければ、悪い奴だってそう簡単には狙う気を起こさないだろう。だから極力そうあるように最初から務めることがベストだと思う。異文化、異民族の中に入っていくのだから解からない点、不安もあるだろうが、私の場合徹底して行う事があった。
それは、初めての街に入る前や出かける前に、必ずその街の地図をしっかり頭に叩き込んでおく。日本の街のように複雑な造りの街は少ない。大体がどこでも整然とした造りになっていて、必ずといっていいほどヘソがある。モニュメントだとか教会だとか広場である。そこを中心に街が広がっている。その場所と方位、そこから広がる街路の配置などを地図を見て記憶するのである。あとは有名な建造物などがあれば、中心との位置関係をしっかり掴んでおいて、地図ではなく記憶した物を頼りに動くのである。
よほど方向オンチな人はお手上げだが、これをするしないでは大きな違いである。わき目も振らず街中をスタコラサッサと歩ける人間は、それだけで十分に馴染んで見えるものだ。それと何度も書くが、早くその地の雰囲気に馴染むことである。到着したその日から現地の人になるよう心がけること。人の流れに沿って歩き、旅行者面は内面に隠せ。迷うのは覚悟でとにかく街中を歩く。クタクタになるまで歩くのも、また旅である。東京ほどの大きな町は世界にない。大体の街は端から端まで歩いて行けるサイズである。いかに対象範囲を早く自分の手中に収めるか。これで行動が変わる。
コニュニケーション
見ていてとにかく分からないのは人間である。近づいて来る相手が良い人なのか悪い人なのか。この判断だけはどんな国に行っても迷う。相手を見る目があるだけの人生経験をつんでいれば問題ないが、冒険にトライする年代の若者にそれだけのものは望めない。
安宿のオヤジがする客引きなどは以外に信じられるケースが多い。悪い奴や商売人などのように、ただ単にお金を間に置いた欲がらみでなく、自分の生活の一部に相手を迎え入れるからだろうが、知らない街に入って声を掛けてくる客引きは、纏わり付かれるとウザいが、意外と助かる存在だ。
残念ながら私にも責任を持って海外での人の見方を言えるだけのものがない。これだけは個人の判断に頼るしかない。自分がどれだけの人間か。騙されて分かるのも勉強。犯されて泣くのも自分のせい。殺されるのも自分の甘さのせいであり、現実がそうなっているのならその国を責めることはできない。
そういった現実に向かって自分の意思で出て行くなら、それだけの覚悟と、把握はしておくべきことだ。見知らぬ土地で、見知らぬ人とコミュニケーションは必ず取りたい。出会いと別れがあるから旅は楽しく、悲しい。そこに不幸にも災いが起こるなら、それは自分のそれまでの生き様での経験不足と諦めよ。
外のお仲間
最後に海外にある日本の出先機関、要するに日本大使館、総領事館などについて書いておくが、、残念ながらこの、見かけはお仲間さん連中はあてにできないと思った方が無難である。今回の中国の日本総領事館への北朝鮮難民駆け込み事件でも分かるように、日本のエリートと呼ぶ連中の態度と行動。上の連中の顔色を覗ってしか物事を動かせない腰の弱さ、軟弱さ。或いは、人としての程度。恥ずかしくなる。
外務省は建前上、海外に出て行く旅行者に対して様々なサービスを行っている様に見えるが、いざ海外で問題をぶつけられると、必ず及び腰になってしまうというのが、海外滞在者達の彼らに対してのイメージだ。特に個人で動く人間に対してはそれがよく目に付いた。彼らの殆んどは、波風を立てず、任期中を安全に、平穏に、帰国までの時間を過ごせればいいと思っている連中が殆んど。頭からあてにするな。
あの堀江健一さんが、初めてヨット単独太平洋横断を成し遂げアメリカ、サンフランシスコに入港した時、日本総領事館は彼に対してどんな態度を取ったか。日本を不法出国、アメリカへの不法入国という建前ばかりを気にして、まるで犯罪者扱いに等しかった。ところがアメリカのマスコミが彼の偉業を称え、サンフランシスコ市民が熱烈歓迎を始めるや、態度を一転。いったい何を考えているのか解からない人達なのである。
今も昔も、日本のエリートどもの根性は変わってはいない。こんな連中を信じろと、私はあなた達に決して言えない。